時事旬報社

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「韓国は中国の一部」:習近平主席の奇怪な一言

不可解な一言

  今年(2017年)4月、トランプ大統領就任後発の米中首脳会談で、習近平主席が話したという不可解な話題が未だに消化できずによどみ続けている。この時、習は「韓国は歴史的に中国の一部だった」と言い放ったのだ。
 後日、トランプがウォールストリートジャーナル(WSJ)にこの会話を暴露したので周知となったが、中国政府から否定や抗議もなく、実際にそのような話が出たのであろう。
 WSJによれば、この時の会話は以下の通りである。

 

He then went into the history of China and Korea. Not North Korea, Korea. And you know, you’re talking about thousands of years . . . and many wars. And Korea actually used to be a part of China. And after listening for 10 minutes, I realized that it’s not so easy.

(訳意)
彼(習近平)は更に、中韓の歴史を話だした。北朝鮮だけではなく北と南を合わせた朝鮮半島全体の話だ。中韓は数千年に渡る歴史的関係があり、無数の戦争もあった。そして実際問題として(長い歴史の全体を通して)「韓国は大方中国の一部であった」。10分程、彼の主張を聞き、私(トランプ)は、この問題(北朝鮮問題)が、容易でないことを知った。

 

 この話、実に奇怪である。二人はこの時が初対面である。習としてもトランプが尋常ではない予測不能な大統領という前評判は知っていたであろうから、初会談では、ともかく波風立てず平穏に相手の出方を見るというのが普通であろう。
 ところが、習はアメリカの同盟国である韓国を含め、「半島全体が元はと言えば中国の一部であった」などと領土的野心と解釈されかねない危険な主張をしたのである。ヘタをすれば、この一言でトランプは殺気立ち、米中関係は瞬時に沸騰、最悪の事態へと転落する可能性もある。豪傑習近平であっても、そんなリスクを敢えて冒すとは考えにくい。「唐突」にそんな主張したところで中国が得るものは無いはずだ。

 

アメリカは関知しない

  では、なぜそのようなことを習近平が話したのであろうか。ここは、習が「韓国は中国の、、、」に言い及ぶ会話のプロセスを考える必要がある。つまり、その一言は習が「唐突」に発したのではなく、会話のプロセスから自然に「韓国は、、、」に流れ着いたと考えるのが合理的であり、その「流れ」は、トランプが作った可能性が高い。なぜならば、たとえいかなる話の流れの中であったとしても、自発的に習から「韓国は、、、」を持ち出せば常に衝突のリスクがあるからだ。したがって「韓国は、、、」は、習が会話の文脈から受動的に言い及んだと考えるべきで、この一言の前座としてトランプの主導的な話があったと考えるのが自然である。

 では、その前座の会話とは何であったのだろうか。初の米中首脳会談における重要な会談テーマはいくつもあったであろうが、朝鮮半島の歴史に触れた一言は、北朝鮮の核開発問題を協議していた最中であった可能性が高い。WSJのインタビューでも、「北朝鮮だけではなく、朝鮮半島全体が、、、」と敢えて北朝鮮を特筆していることからもそれが漂ってくる。
 この点を前提とすると、習をして「韓国は、、、」に言及させるトランプの主導的な話とは、金正恩政権打倒後の北朝鮮問題につきトランプが、一つの提案をしていたと考えるとつじつまが合う。例えば、「アメリカ本土を直接射程に収めるICBM保有は断固として認めない。本土の安全を脅かす危機を排除するために軍事力行使の用意もできている。ただし、アメリカとしては金政権を壊滅したとしても、北朝鮮をアメリカの勢力圏に編入する考えはない。北が核ミサイル開発の野望を自ら放棄しない場合、アメリカは関連施設等に軍事力(外科手術)を行使するが、その時中国は、『北から支援要請があった』などと適当に理由を付け人民解放軍を派遣したらどうだ。手術後、病弱となった北朝鮮に中国が傀儡政権をつくったとしてもアメリカは関知しない」などとトランプが取引(ディール)を持ちかけたとすれば、「実は北朝鮮はおろか、韓国も元はといえば中国の一部だった、つまり、中国としては、取引ではなく、伝統的な中華圏秩序体制に戻るだけの話だ」と習が応えたとしてもおかしくない。そもそも自ら言い出した話題であるから、習がソウ言ったとしても激怒する筋合いでもない。しかしトランプにとって誤算だったのは「韓国も」と続いたことだ。

 

外科手術

  推論を更に続ける。会談後のWSJのインタビューでトランプは「この問題(北朝鮮問題が)容易でないことを知った」と語るが、「容易でない」とは、北朝鮮問題そのものではなく、解決には中国が北だけではなく韓国までも巻き取る邪心に気づいた、ということではなかろうか。北朝鮮の存在がアメリカにとって無害となるのであれば、「中国にくれてやってもイイ」とトランプは考えていたかもしれない。しかし「韓国もどうぞ」とは言えない。これは「容易ではない」問題だ。

 会談後、中国環球時報は「アメリカの北朝鮮に対するピンポイントな『外科的攻撃』に留まる限りは、外交手段で反対する」のみで軍事的な反撃を行なわないとして、外科手術を容認したが、これも中国の思惑と符号する。
 一方、万景峰号の定期航路を開くなど、このところ北朝鮮に対するロシアの態度に動きがあることも、半島情勢を中国の戦後処理特権を前提とする米中の水面下工作を牽制したと考えると合点する。
 もし病後の密約があるのであれば、外科手術はアメリカよりも中国に利益をもたらす。密約により、中国はアメリカの戦費による局地戦で北朝鮮の戦後処理という果実を得、更には韓国への影響力拡大についても外交上のカードを手にすることができるのに対し、アメリカは、北朝鮮を占領する、つまりアメリカ勢力圏が中国国境に迫るという強力な対中外交カードを失ってしまうからだ。しかし見方を変えると「韓国は、、、」は中国の失点とも言える。

 

実弾と不発弾

 外科手術は最終手段であるから、トランプも習近平に100日の猶予を与え、中国の影響力による北朝鮮の核放棄に期待したが、米中会談後、北のミサイル開発は逆に加速する事態となった。トランプの習に対する不信感は増しているが、仮に米中の密約があったとしても、即座に同調するほど中朝の関係は単純ではない。
 とはいえ、戦略的忍耐を標榜し、オバマ前大統領の北朝鮮無策を非難しつづけたトランプとしては、オバマと同じだと酷評されることだけは避けたいに違いない。しかも、もし大統領任期が一期で終わるとすると残り3年、トランプに残された時間は限られている。

  煮え切らない中国にしびれを切らしたトランプは、今後3年間で何ができるであろうか。もし政権内部に権謀術策の知恵者がいれば、トランプにこう囁くかもしれない。「大統領、習近平との密約をツィートしなさい。戦後処理を中国が内諾していたと北朝鮮が知れば、核ミサイルの攻撃目標は別の場所にインプットされますよ」。


 第二次朝鮮戦争がおこり、韓国主導の半島統一が実現、西側の勢力圏が中国国境に対峙する事態は中国にとって悪夢だろうが、北朝鮮の現政権が心変わりし西側の同盟国となっても中国の悪夢に変わりない。一歩間違えれば、北朝鮮問題は中国最大の問題へと豹変するのだ。

 北朝鮮はアメリカにとっては実弾であるが、中国にとっても不発弾である。北朝鮮を外し、習近平とトランプが接触すればするだけ北朝鮮の不信感は増す。権謀術策に打って出るというのであれば、実際には密約はなかったとしても、「あった」とツィートするだけで不発弾をハンマーで叩く効果がある。習は「韓国は、、、」の慢言が、韓国を不快にしただけではなく、北朝鮮の嫌悪をも惹起することを計算するべきであったかもしれない。

 

 トランプは11日、グアムをミサイル威嚇する北朝鮮に呼応、軍事力による報復をほのめかし、緊張は高まるばかりである。米朝の軍事的衝突という最悪の事態を回避する唯一の術を中国が握っている限り、戦争という大勝負に出る前に、あらゆる権謀術策に訴え、習近平の奮起を促したとしても不思議ではない。

 

【国際部半島情勢デスク】2017.8.13配信