時事旬報社

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急迫する北朝鮮情勢と米韓軍事演習:THAADミサイルの実力

 

米韓軍事演習
 風雲急を告げる北朝鮮情勢であるが、金正恩朝鮮労働党委員長が国営メディアを通じ「(グアム沖への弾道ミサイル発射は)愚かで哀れなアメリカの行動をもう少し見守る」と表明したことにより当座の危機は回避されたものと考えられている。
 アメリカの出方を見守るとした北朝鮮であるが、「出方」とは今月21日より開始される米韓軍事演習(在韓米軍含め約3万人が参加)を中断するかを意味しているという論評が多い。そうだとすると「もう少し」とはわずか5日間ということになる。

 

 朝鮮戦争休戦協定(1953年7月)は、「協定発効から3ヶ月以内に、朝鮮半島からあらゆる外国軍を撤退させること」を勧告したが、アメリカは協定署名後、米韓相互防衛条約を締結(同年10月)、在韓米軍の駐留は現在でも続いている(中国人民志願軍の撤収は同年より開始、5年後に全軍の撤退が完了)。
 陸続きの国境からいつでも大軍を派兵できる中国と異なり、一度半島から撤退すれば上陸作戦を決行するほか地上軍を派遣できないアメリカとしては、単なる休戦状態で現地部隊を引き払うのは逆に半島の不安定化をもたらすと考えたであろうし、北朝鮮の南進奇襲攻撃で始まった朝鮮戦争の悪夢も脳裏に焼き付いていたであろうから、おいそれとは勧告を受け入れることができない。

 

 在韓米軍と韓国軍は休戦後も朝鮮有事にたいする連携体制を整備維持してきたが、その訓練は1976年より制度化され、毎年春に「チームスピリット」と呼ばれる合同軍事演習を実施、最大時には約20万人が参加する「西側最大の軍事演習」と呼ばれるまでに膨張した。
 「アメリカは神経を逆なでする協定違反の大規模演習を繰り返し、毎春、演習を装う米韓軍が突如として北進してくる脅威を常に歯がゆく見守るほかない」、北朝鮮としては合同軍事演習が続く限り、戦争再開の緊張が緩むことはない。

 

 北朝鮮はかつて一度だけ核実験の凍結を宣言したことがある。1992年、IEAE(国際原子力機関)の核施設査察受入れ表明から1994年の米朝枠組み合意(米朝基本合意)締結の過程で北朝鮮核兵器開発の凍結と引き替えに西側の支援を受入れることに同意したが、その時の取引条件が米韓軍事演習の中止であった。実際「チームスピリット」という合同演習は93年以降行なわれていない。米韓軍事演習は、北朝鮮にとっては南北融和を阻む喉に刺さったトゲであるのだ。
 しかし当初から意図していたか、成り行きでソウなったか、核凍結は西側が期待する通りには運ばず、結果として北朝鮮は核戦力装備を一層拡大するに至り、米韓軍事演習は「キー・リゾブル」、「フォールイーグル」、「フリーダムガーディアン」などと名称と内容を変え復活することになった。

 

フリーダムガーディアン
 今年に入りすでに大規模な米韓軍事演習が実施された(3月の定時フォールイーグル演習)。これに対抗し北朝鮮は東部元山で過去最大規模と称する砲撃訓練を実施したことは記憶に新しい。フォールイーグルからわずか5ヶ月であるが、米韓は再び今月21日よりフリーダムガーディアン演習を行なう予定だ。北朝鮮が注視するアメリカの「出方」=フリーダムガーディアンであるが、本日現在(8月16日)、米国防省は「予定通り訓練を実施する」としている。
 関係各国に自制を求めている中露は、合同軍事演習の中止を求めているが、チームスピリットを終了した後も核戦略拡充が強行されたトラウマから簡単に止めるとはならない。すでに「対話のための対話」では意味が無いことを学んだアメリカは、北朝鮮がアメリカが納得する何かしらの譲歩を行なわない限り、会合のテーブルには着かないことを明確としているが、ここ数日で北朝鮮が譲歩してくるとは考えにくい。

 

 2015年1月、北朝鮮は「米韓軍事合同演習を臨時中止した場合、核実験を臨時中止する」と米政府に提案したことがあった。この時、米国務省は「防御目的の軍事訓練と(国連が禁止した)核実験を不当に関連付けるのは適切でない」と一蹴し、韓国国防部に至っては「泥棒が一時的に泥棒を止めるから、玄関を開けてくれといっているのと同じだ」として相手にしなかった。
 この轍があるため、北朝鮮も「臨時中止」程度では打開にならないと承知し、譲歩はますます遠のく。日米韓からすれば、北朝鮮はことごとく妥協案を拒否し、ひたすら核戦力拡大へと邁進していると見えるが、北朝鮮としても、解決への緒が片っ端からつぶされ、事態は悪い方へとエスカレートするばかり、と考えているに違いない。

 

変化する国際情勢
 ただし2015年とは異なる情勢もある。アメリカ領土を直接弾道ミサイルで威嚇するという前代未聞の冒険についに中露も危機感を抱き、安全保障理事会北朝鮮制裁に同意、15カ国全会一致で採決されたことと韓国に親北政権が誕生したことだ。
 いくら傍若無人金正恩委員長であっても、中国が本気で経済封鎖を行なえば国家の命運が潰えることは知っているであろうし、文在寅大統領であれば、臨時中止程度でも軍事演習の延期をアメリカに説得してくれるかもしれない。

 

 とはいえ、例え臨時に多少の融和があったとしても、問題の本質は解決しない。解決するためにはどこかの国が大きく譲歩するしかない。トランプ大統領の本気度にも拠るが、悲劇的終末を回避し、米朝の面子を保つためには、4発の弾道ミサイルを日本上空を飛び越し、誰も居ないアメリカとは関係の無い広大な太平洋の真ん中に打ち込む辺りであろうか。日本にとっては不快なことであるが、北朝鮮としては実験成功とPRすればいいし、アメリカは、アメリカとは方向違いのミサイル試射に即座に軍事的報復を断行する大義名分がない。

 

試される軍事技術
 さて余談となるが、今回のグアム弾道ミサイル問題であるが、軍事技術という意味では格別に注目される事態である。特に中露が絶好の機会であると考えていることは間違いない。北朝鮮のミサイル技術の話ではない。アメリカのミサイル防衛技術のことである。
 すでに中露ともグアムのミサイル防衛施設周辺に観光客を装いエージェントを潜入させているはずだ。
 現在アメリカの弾道ミサイル防衛システム(BMD)は、飛来するミサイルを高度600キロで迎撃するイージス艦SM3と150キロ射程のTHAAD、更に着弾前15キロ程度の水際で迎え撃つPAC3(パトリオット)の三本柱を基本としている。
 今回はグアム近海の30~40キロの公海を目標としているため、PAC3の出番はないと思われる。北朝鮮の発表では、発射後約18分でグアム近海に着弾するとしているところから、発射後、おそらく数分から10数分程度の間に日本海もしくは太平洋上のイージス艦からSM3を発射、打ち漏らしがあれば、着弾10分前程度でTHAADによる迎撃となるはずだ。特段、中国がTHAADの性能に強い関心を持っていることは想像に難くない。

 

 本当に破壊できるのか。中露の軍事技術者ならずとも誰もが知りたい。事と次第によっては、日米韓のミサイル防衛戦略が根底から覆る可能性がある。もしアメリカが、誰が見ても卑屈なほど不利な条件で、北朝鮮の弾道ミサイル発射阻止に譲歩するのであれば、コッチの問題を疑ってみるべきであるかもしれない。

 

【国際部半島情勢デスク】2017.8.16配信