時事旬報社

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金正恩 命を賭けた大勝負(3):第2次朝鮮戦争の勝算

水爆実験

 8月29日弾道ミサイル発射。9月3日水爆実験強行。北朝鮮の核威嚇は留まるところを知らない。一連の挑発行動は、北朝鮮なりの緻密な戦略に基づいて行なわれているのであろうか。それとも金正恩は、「なめられてたまるか」という単純で幼稚な感情論で事を決めているのだろうか。
 出口がまったく掴めない現状よりすれば、周到な計画に基づいているようには思えない。仮に国際社会が「北朝鮮エスカレーションを放任する」あるいは「核保有国として認定する」ことを奇貨として、益々核戦力を強化整備したとしても、少なくとも経済力という国力の源泉には寄与しない。核とミサイルで国民が豊かになることはない。

 ミサイルや核技術は「売り物」になる。これまでの投資を物販により回収できるかもしれない。しかし想定される顧客需要は、超大国が最も警戒するテロ国家や紛争国である可能性が高く、そんな国や地域に大量破壊兵器販売を図れば、それこそ超大国の軍事力によって北朝鮮の企みは粉砕される。

 北朝鮮としてもこのまま国際社会との緊張が続き、制裁措置で真綿で首を絞めるように国力がやせ細れば、いつかは窒息する。常識で考えれば、北朝鮮としても絶命する前に事態打開の現実的路線への転換を強いられる時が来る。しかしこれまでの金正恩の言動を考えれば、「苦しいから折れる」とも想像しがたい。「一か八かの戦争で再起を図る」が、北朝鮮の現実路線となる虞もある。

 金正恩は、その場限りの感情論で動くうつけ者なのか、状況を客観的に判断し緻密な計画のもとに国策を判断する知恵者であるのかは誰にも分らない。金正恩の政治手腕は、後生の歴史学者によって評価されるであろうが、少なくともここまでのところ、これほどまで徹底的に超大国アメリカと対等に渡り歩き(コケにし)、最大の庇護者である昇龍中国に対しても傲慢に自我を押し通す蛮勇をためらわないのは、この人物をおいて他にない。

 八方破れに見える北朝鮮の冒険が、仮に緻密に計画された戦略にもとづき実行されているのだとすると、いかなる公算に基づいているのか。支離滅裂な暴走であれば、どこへころぶかの予測は困難である。しかしもし、周到な戦略があるのであれば、それを見抜き、最悪の事態にそなえるべきといえる。

 前回に続き、金正恩が戦争によって現下北朝鮮の閉塞状況を打破し、建国以来の宿願達成を決意することを前提に、「どんな戦争を始めるのか」を考えてみたい。

戦争の決意

 前回の通り戦争は、①国体護持、②国際社会における地位の向上、③半島統一を目的とする。この内、特に国体護持が戦争決意に直結することは既述した。金正恩といえども「全てを失いかねない」戦争はそう簡単に始められるものではない。
 米韓軍から先制攻撃を受ければ必然的に戦争突入となるであろう。しかしもし戦争を北朝鮮から仕掛けるのであれば、金正恩が国体護持が困難であると確信するときに始まる。周辺国の経済制裁により、経済が行き詰まることが避けられない時が決意の時となる。おそらく太平洋戦争に突入した日本の事例からみても、単独で軍事行動を行なう戦略物資の備蓄が一年を切る辺りが境界線となりうる。

制空権制海権の喪失

 現在の北朝鮮の戦略は過度に核と弾道ミサイルに偏っているように見える。対米譲歩を引き出すことだけが戦略であれば、偏在にも一理ある。しかし本当に戦争に打って出るというのであれば、核とミサイルでの戦争では勝算がない。
 核をアメリカは勿論のこと、日本や韓国に使用すれば相当の損害を与えるにしても、即座に大規模核反撃を受け、瞬時に国家が消滅する。通常弾頭のミサイルの応酬合戦となっても先に戦力が枯渇するのが北朝鮮であることは自明である。核や弾道ミサイルを使用しないとしても、一度戦争に突入すれば制空権制海権はたちまち奪取され、圧倒的に不利となる。
 通常兵器による戦争を仕掛け、中国軍の協調介入を誘い有利な講和を目指す戦略はあり得るが、金正恩はそれを望まないだろう。支援を名目に人民解放軍が国内に進出し、そのまま駐留することは国体護持の脅威となる。
 不本意な戦争に巻き込まれる中国としては、早期の終結を画策するであろうから北朝鮮の頭越しにトランプと政治決着するかもしれない。そうなれば、習近平は「バカをしでかす」金正恩を排除するに違いない。同盟国であっても自分の命令に従わない大部隊が駐留することは金正恩にとっては悪夢でしかない。

単独短期決戦

 もし金正恩が理性と知性を持ち合わせているのであれば、単独で決行し、勝算が見込める戦争とは、(1)短期決戦を基本とし、(2)陸上部隊を中心とする作戦以外にない、との結論となるはずである。そして消去法的に考えれば、(1)と(2)の条件を満たし、北朝鮮に最も有利な講和を引き出す軍事行動は、「ソウルの占領」をおいて他ない。
 国境からわずか40キロの首都ソウルは約1000万人が居住する。この要衝を占領し、住民の中に朝鮮人民軍を巧みに分散進駐すれば、米韓軍も思うように爆撃、砲撃ができない。ソウル市民は勿論、ソウルに滞留する外国人はそのまま人質となる。首尾良くゆけばソウル近郊に展開する駐留米軍も捕虜とし、強力な講和カードに活用できる。人質外交は、北朝鮮の十八番なのである。本国に近隣する占領地であるから兵站にも都合がいい。
 朝鮮戦争(1950-1953)の轍から戦域は拡大しない。1000万人を人質としながらソウルに立てこもり、占領直後から和平を呼びかけ、三ヶ月から半年以内に有利な講和を実現する、合理的に考えればこれが、最善の作戦である。

 

 誰が見ても勝ち目がない北朝鮮に完全勝利はあり得ない。短期決戦を断行し、比較優位に持込み、幕を下ろすしかない。そのためには、謀略知略を張り巡らせ米韓をして「戦争はない」と楽観する状況を作り、虚を突き短期にソウルを占領する必要がある。では、虚を突くために、いかなる準備を進めるべきであろうか。

 

                                  (つづく)

                     【国際部半島情勢デスク】2017.9.7配信