時事旬報社

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マティス国防長官の真意(1):「ソウルを危険にさらさない軍事的選択肢」はあるか。

 

 2017年9月18日の記者会見で米マティス国防長官は、「北朝鮮に対して多くの軍事的選択肢がある」とし、「(その中には)ソウルを重大な危険にさらさない軍事的選択もある」と話した。しかし本当にそんな選択肢があるのであろうか。
 勿論、「ある」しかし「できない」選択が「ある」。北朝鮮を奇襲攻撃し、反撃の余地が無い大規模「核」攻撃を行なえば、瞬時に北朝鮮人民は滅亡し、数百数千年に渡り国土にはペンペン草も生えない。おそらくアメリカが保有する核の数パーセントでも使えば、北朝鮮の脅威は除去できる。
 しかし大国アメリカといえども、一国を地上から抹殺する権利などない。マティス国防長官の「選択肢」は当然、他の想定だと思われる。では、ソンな選択肢があるのだろうか。

 前号とは逆に、今回は、アメリカをして自国や同盟国に最小の影響かつ北朝鮮の脅威を完全に除去する合理的な方策は何かを考えてゆきたい。

 

中性子爆弾

 

 マティス国防長官の発言に「中性子爆弾」を連想した人もいたに違いない。中性子爆弾とは戦術核兵器の一種で、熱核爆弾と異なり生物殺傷に特化した核兵器である。熱核爆弾は爆風や熱線など核エネルギーの放出で広域破壊を行なうが、中性子爆弾は、核エネルギーの放出を押さえ、中性子線の放出を最大限に引き出す。中性子線は透過力が強く、1キロトンの小型中性子爆弾であっても、半径1キロ以内の人員を殺傷する能力がある。戦車の中にいようが、地下鉄に退避しようが、その殺傷能力は及ぶ。
 放射線による生物の抹殺に特化した爆弾であるから、物的被害は少なく、中性子半減期は15分と短く、熱核爆弾と比べると攻撃地域の占領も比較的安全とされる。勿論、核物質を使う兵器であるから、放射能被害から逃れることはできないが、湾岸戦争やイラン戦争で米軍が大量に使用した「劣化ウラン弾」同様、軍事目標限定使用を主張すれば、国際世論も説得し易い。

 

 今年9月、NHKは、返還前の沖縄に米軍は1300発の核ミサイルを配備し、米ソ全面戦争に際しては、中国全土の主要都市を核攻撃する体制を敷いていたことをスクープ(NHKスペシャル「沖縄と核」2017.9.10)した。返還後、非核三原則により政府は、沖縄の核は全て撤去されたとするが、番組が米軍に核装備の存否を照会したところ、「軍事機密」との回答となった。
 沖縄返還は1972年、中性子爆弾の生産は1977年からであるので、沖縄に「中性子爆弾はあってはならない」はずであるが、「ソウルを危険にさらさない軍事的選択肢」としては、中性子爆弾による先制攻撃に利がある。

 北朝鮮の反撃を封じ込めるために、核施設や移動式ロケットの配置や通常部隊の陣地、火砲等の展開を入念に捕捉、追跡しておかねばならないが、主要戦力配備状況を検知できるのであれば、中性子爆弾1000発の奇襲攻撃で、朝鮮人民軍全滅を期すことができる。軍事目標限定の攻撃であっても、瞬時に戦死者数十万、場合によっては100万を越える人命を奪うことになることは避けられず、アメリカとしても「グアムの近海にミサイルを打ち込まれた」、「B1Bが撃墜された」など最低限の大義は必要となるが、「ソウルを危険にさらさない」ためには、金正恩の意識が「火遊び」の段階で、不意を打つ必要がある。

 

 ところでこの中性子爆弾であるが、東西冷戦の最中、西ドイツ駐留米軍に配備されたことが東西ドイツ統一の遠因となったことが知られている。「ランス」と呼ばれた中性子爆弾(ミサイル)は、緊迫するワルシャワ機構軍の脅威を排除する切り札としてNATO軍基本戦略として配備が始まった。
 当時、戦車や火砲といった通常戦力では(ソ連を盟邦とする)ワルシャワ機構軍はNATOを凌駕しており、東ドイツから電撃戦で強襲されると勝算がなかった。そこで有事に際し、NATO軍は一旦全部隊を後退させ、西ドイツ領内に侵攻したワルシャワ機構軍を「ランス」の猛撃により無力化する戦略であった。


 敗戦国ドイツは当時、NATOでは唯一国軍(西ドイツ連邦軍)の全てをNATOに拠出しており、全軍の指揮権はNATO軍総司令官(アメリカ軍司令官が歴任)が握る。この戦略が暴露されると、ドイツ市民は騒然となる。自国民を守るべき国軍(西ドイツ軍)は市民を捨て撤退、更に頭上からは無数の中性子爆弾が投下され国土は焦土と化すのだから当然である。
 ワルシャワ機構軍も同じような戦略を持っており、東西いずれも相手が侵攻して来ることを前提に同盟軍全体の作戦を組立てていた。要するにNATOワルシャワ機構軍いずれも、西ドイツ(もしくは東ドイツ)の市民と国土を犠牲にして体勢を挽回するのが戦略であり、東西ドイツはこの現実に、両国市民の意識をして「統一」へと加速させたのである。

 中性子爆弾を触媒として南北朝鮮も「統一」への市民意識増幅へと向かえば良いが、東西ドイツ南北朝鮮では状況が異なる。ドイツの場合は、アメリカとソ連(ロシア)が対峙する冷戦が熱戦となった場合の捨て駒であったが、北朝鮮問題は、北朝鮮自身の問題であり、超大国のスケープゴートとの立場ではない。1989年、東ドイツ政府は高まる民意に押され、ベルリンの壁の往来自由を許可したが、民度の成熟度、民意に対する政府の配慮、いずれも現在の北朝鮮の体制では期待できるものではない。
 とはいえ、ベルリンの壁崩壊は誰もが予測できず、「突然」始まった。結局のところ、どんな独裁政権であろうと、民衆が本気で結束すれば崩れてしまうとの一般法則が、北朝鮮だけには当てはまらないとは断言できまい。

 

「軍事的選択の軍事」とは


 国際世論への釈明を凝らすとはいえ、中性子爆弾使用は核兵器使用に違いは無い。一時的に問題を解決できたとしても、フセイン政権打倒後にISが誕生したように、国家は崩壊しようとも人民に焼き付いた怨嗟は、以後アメリカの脅威となって続く。
 当然、アメリカとしても民族殲滅の誹りは回避したいに違いない。もし軍事的選択の「軍事」が謀略や隠密工作まで含むというのであれば、もっと効率的で、アメリカ憎悪を回避する「軍事」行動もある。それは、独裁者が最も恐れる作戦を遂行することである。

 前号に既述したように独裁国家と民主国家が二国間交渉をする場合、相対的に独裁国家が主導権を握りやすい。しかしそれは「独裁」が強固であることが前提となる。通常、独裁は強圧によって実現しているのであるから、強圧を崩せば独裁は脆い。
 強圧を崩すには、「強圧を成立させている論理的秩序を破壊する」ことと「強圧を強いる物理的装置に対抗する物理的装置を援助すること」である。

 

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(つづく)

【国際部半島情勢デスク】2017.10.10配信