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日韓ビジネス指南(3):韓国企業と付き合うビジネスマン心得

 日本語と韓国語の不思議な関係(2)

 前回に引き続き今回も、日本語と韓国語の不思議な関係を眺めます。ただし今日の話題は、「同じであるが」、「同じながらも『違い』がある」という話です。この「同じだが、違う」を知らぬと、気づかぬ内に相手を不遜に感じたり、傲慢さを覚え、信頼関係を傷つけるという少々タチの悪い「同じだが、違う」です。実際、商談が停滞したり破談する日韓ビジネスの幾つかはこの問題に起因しているといえるかもしれません。ソノ「同じだが、違う」とは敬語の使い方の問題です。

 

 

同じだが違う日本語と韓国語の敬語

 

 

 世界の言語の中で日本と韓国ほど敬語が発達している国はありません。国語の文法の時間で、敬語という特別な訓練を受ける国は日本と韓国ぐらいです。英語や中国語の学習では「敬語の時間」という特別なカリキュラムは組まれません。
 なぜ文法で敬語を特別に学習しなければならないのかといえば、「言う(平常語)」が「おっしゃる(敬語)」のように、語彙が変化してしまうので、「おっしゃる」という単語を知らなければ日本語は話せたとしても敬語は話せない、つまり日本人が話す日本語としては不完全だからです。日本語を学習する外国人にとっては、同じ動詞を平常語、敬語、謙譲語と三種類も暗記しなければならない煩わしさに辟易するのは容易に想像できます。何とけったいな言語か、と思うかもしれません。


 しかし達者な敬語を使いこなす韓国人ビジネスマンに感心する人は多いと思います。元からの日本語熟達者は勿論、日本赴任当初はタドタドしい日本語の駐在員でも短い間にチャンと敬語を習得します。言葉が乱れる今時の日本の若手より、韓国人のほうが、よほど「丁寧で正確な日本語を話す」と放言する人もいるくらいです。

 

 韓国人の敬語が上手いのは、敬語が日韓共通の言語文化であるからです。韓国でも敬語は社会規範として厳しい定めが存在し、目上や身分が上位の人には必ず敬語を用いねばなりません。敬語を無視しては、社会生活が立ちゆかないのです。韓国ビジネスマンが、日本語学習でも殊更敬語習得に熱心であるのは、母国の敬語文化が身に染みついているからとも言えます。

 

 

 韓国敬語の厳格さは日本以上

 

 

 研究によれば日本語敬語の会話の場合、厳格に敬語を用いるのは、会話の導入部と結びだけであり、中間の会話は平常語が頻出する傾向にあるそうですが、韓国語ではソンなことは許されません。日本では外形的に同格と思われれば、最初から平常語の会話となりますが、韓国では、例えば大学の入学式で初めて出会った新入生二人は、とりあえずお互い敬語で話合います。ひょっとすると「相手は一浪しており自分より一歳年上だ」などのケースがあり得るからです。
 暫く敬語会話を続け、同じ年齢なのがハッキリしたとか、目上の人から「今後は、平常語(=ため口(반말:パンマル)で話そう」との宣言があった時点から、「敬語会話を止める」というのが韓国流で、この韓国流は韓国映画の一シーンなどで良く見かけます。敬語使用に対する規律は、日本よりも韓国の方が厳格ですから、日本語を習得した韓国人が徹底して敬語マナーを貫こうとするのは民族的な風土といえるかもしれません。

 「子供が親にむかって『ため口』を使うのでビックリした。」日本へ初めて赴任する韓国ビジネスマンの多くは、この体験をするようです。敬語の規律が厳しい韓国では例え両親であっても馴れ馴れしくぞんざいな話方は御法度です。
 もし日本人であれば電車の中で子供が親に対し敬語で会話するのを見れば、「きっとこの親子は本当の親子ではない」と思えてしまいそうです。この点は後述しますが、共に敬語が発達していること自体は、日韓ビジネスではプラスとなるはずです。しかし共通文化であるが故にかえって印象を悪化させる副作用があることには注意が必要です。
 副作用は「同じだが、違う日韓敬語」に起因するのですが、何が「違う」のかといえば、「謙譲の美徳」と「絶対敬語と相対敬語」の「違い」ということになります。

 

 

尊敬語と謙譲語

 

 

 完璧な敬語を話す韓国人ビジネスマンに当初感心するのですが、しばらくすると会話にどことなく違和感を感ずることがあります。あるいは、韓国企業は自分の自慢ばかりすると思え、商談に嫌気がさすなども起りがちです。
 しかし明確な原因が分らず、違和感や嫌気を覚えるのであれば、一度「謙譲語」を疑ってみるべきかもしれません。話の混乱を避けるため、ここでは敬語=尊敬語+謙譲語と整理しておきます。尊敬語とは相手を持ち上げる表現(話す=>「おっしゃる」)で、謙譲語とは自分がへりくだる表現(話す=>「申す」)です。敬語は、尊敬語と謙譲語から成り立つのが日本流敬語ですが、どちらかというと「相手を持ち上げる」よりも「自分がへりくだる」ほうが上品であると考える傾向があります。


 ところが韓国敬語は謙譲語が日本ほど発達していません。韓国ビジネスマンは謙譲語が苦手といえます。謙譲語の特質がまた、韓国人にとって謙譲の習得を難しくしている面もあります。謙譲は日本文化の美徳の一つと言えますが、尊敬語と違い動詞が変化する謙譲語動詞は少なく、言い回しによって謙譲を表現します。


 例えば、「今日、残業できないか」と上司から尋ねられたとき、「やってあげる」と言わず「やらせていただきます」という(受動態とする)、「(あなたの為に)やってあげる」と言わず「(自発的に)やります」という(主語を転換させる)、「やってあげる」と言わず「夜八時までなら大丈夫です」という(返答は黙示し、話題を転換してYESを伝える)などが典型的な謙譲の言い回しとなりますが、韓国語には受動態にして謙譲するというような言い回しによる謙譲用法がありませんので、咄嗟に「やってあげる」との返答となってしまいます。「やってあげる」を「やって差し上げる」と敬意を込めたとしても横柄さは残ります。
 韓国語としては普通に悪意なく「やってあげる」と答えているのですが、韓国敬語を知らない日本人としては「いやいやながらのYESなのだ、、、」といった印象になってしまいます。
 さらに正確に尊敬語を使うのですが、全く相手が謙譲しない会話が続くと、「あなたは偉い。しかし私も偉い」といっているように毒気を感じてしまうなども起りがちです。もし相手がアラブやアフリカといった遠い国の人間で、そもそも最初から敬語など無視して話す外国人であれば何の問題もないのですが、なまじ完璧な尊敬語を操るので、故意に謙譲しないのかと逆に誤解してしまうこともあり得ます。
 勿論、「謙譲しない人だ」と明確に問題を意識して誤解が起るわけではありません。ただ何となく、「チョッとこの人は、、、」と霜が落ちるように印象を冷やしてゆきます。こうなるとビジネスは上手く行きません。

 

 

絶対敬語と相対敬語

 

 

 もう一つ、敬語に関して日韓で不必要な摩擦を起こすのが絶対敬語(韓国)と相対敬語(日本)の違いです。「誰に対して敬語をつかうか」が、日韓では異なっています。
 敬語を使う対象との意味では、韓国のほうがルールが単純で、自分を基点として上下関係で「上」となる人はあまねく敬語の対象となります。お客様、会社の上司、年齢が上などが、「上」となります。
 この基準は「絶対」であって、来客の前でも自分の上司と話す時は敬語ですし、家庭でも父親との会話は常に敬語でなければなりません。韓国では初対面の挨拶のとき、いきなり相手の歳を尋ねることも珍しくありませんが、どちらが敬語を使うのかを確認しておかねばならないからです。


 韓国企業を訪問し、課長二人が対応するような場合、商談中でも新任課長は古参課長に対して敬語を使うので、第三者からもどっちが古参の課長であるかが分ります。韓国敬語は上下関係に徹底的に縛られるのです。
 一方、日本語の敬語は、自分を基点としてウチとソトとの視点から、「相対」的に関係が遠いか、近いか、で敬語を切り替えねばなりません。来社したお客様に社長を紹介する時は「弊社の社長の山田です」と呼び捨てます。
 自分の会社の社長は身内なので、ソトの関係にあるお客様の前で敬語はご法度となるのが相対敬語のルールです。中小企業の平社員が大会社の社長を訪問した場合といえども、このルールが変わることはありません。ところが社長の奥様が会社を訪れた場合は、「山田社長は誰よりも遅くまで仕事をなさっていらっしゃいます」と今度は敬語を使わねばなりません。夫婦の間柄は、会社の関係よりも近い間柄であるからです。

 

 この違いが時としてビジネスに悪影響します。韓国企業が通訳(韓国人)を連れ日本企業に来社、商談する場合など、通訳が不慣れですと問題がおこりがちです。例えば次のような状況です。

 (日本企業)「B製品の卸値をもう少し下げられませんか」。
 (通訳)「△$○?□%(韓国語で韓国企業社長に通訳する)」。
 (韓国企業社長)「?○△%$□(韓国語で通訳に返答する)」。
 (通訳)「社長様は、発注数が2倍であれば、10%の値下げに応ずるとおっしゃっておられます。」

 通訳は、韓国企業との間柄ではウチの関係ですから、ソトにいる日本企業の前では社長を持ち上げてはならないのが日本の「常識」です。しかしこの常識は韓国語では非常識となってしまいます。韓国の敬語文化を知っている日本企業であれば、「韓国スタイルだ」で済むのですが、韓国と無縁の企業の場合、いちいち自分の社長を持ち上げる言い方を繰り返されると、「この会社の社長は暴君のようにワンマンなのだろうか」と次第に会社のイメージが悪くなってゆきます。
 実際は通訳の韓国語「△$○?□%」にも日本企業に対し敬語を使っているのですが、韓国語を知らねば、そこは分かりません。徹頭徹尾自社の社長を上に置く敬語が続くと「ヒョッとして、この韓国企業はコチラを見下しているのではなかろうか」などとあらぬ不快感まで沸いてきます。
 「韓国企業は自社の自慢ばかりする」の何割かは敬語の用法に起因している可能性もありうるのです。

 

 

部長様、社長様、そして将軍様

 

 

 日本では社長、先生といった称号は、それ自体が敬称なので「様」をつけることはありません。しかし韓国では称号にも「様(ニム)」を付けるのがルールです。「社長様(サジャニム)」、「部長様(ブジャンニム)」、「先生様(ソンセンニム)」、「教授様(キョスニム)」という韓国の敬語は、日本では二重敬語となってしまい避けるべき用法ですが、上下関係がある場合、韓国では職位にも必ず「様」をつけねばなりません。

 余談ですが、この韓国語の敬語法で思いつくのが、北朝鮮のニュースが国内のテレビ番組で放映されるとき「将軍様」、「将軍様」と翻訳に「様」が繰り返されることです。「将軍」に「様」が加わると何やら「様」の持ち主に絶対君主的な威圧観が漂います。実際に絶対君主的な存在なのかもしれませんが、この「様」のリフレインは少々意地悪かもしれません。
 朝鮮語も韓国語と同様、称号に様をつけるのがルールですから、将軍様は日常の話法で邦訳する場合、「様」は省略できるはずです。韓国ドラマやニュースを紹介する場合は、社長様を「社長」、大統領様を「大統領」のように「様」を省略し、日常会話に違和感が無いように調整しているのですから。

 

(つづく)

 【ソウル通信】2017.11.23配信