時事旬報社

時事問題を合理的な角度から追って行きます

「拉致問題」と「戦後賠償(補償)問題」(2)

拉致問題と戦後賠償問題を天秤に

 米朝首脳会談から三週間ほどが経過した。当初拍子抜けと思われた会談であったが、ポツリぽつりと会談の内情を伝える周辺情報が漏れ出てくる。憶測なのか、根拠有る情報源であるのか、玉石混交ニュースが乱れる中にあって目を引くのが「会談で完全非核化に要する費用500億ドル(5兆5000億円)を日本が拠出する約束をしていた」との一報である。日本も加わる密約があった、というのだ。

 先月25日(月)、菅官房長官は「報道にあったような事実は全くない」とすぐさま否定したが、この一報のニュースソースがよく分らない。公表されている記事を見る限り、この報道を自社スクープと明言しているのは世界日報だけであるように思える。
 http://www.worldtimes.co.jp/world/korea/87688.html(2018/6/25版)

 記事の中には「日本政府関係筋が24日、本紙に明らかにした」とあり、当社の独自取材によりスクープを得たとする。ソウだとすると、この報道の当日に政府は「事実は全くない」と否定したことになる。

 

 事の真偽は分らない。通訳のみの二者会談の内容は勿論、合同会合の協議結果についても公式発表には具体的事項が乏しい米朝会談であるから、このようなスクープはよほど高度な情報源がない限り入手できないはずだ。にもかかわらず、連なる大手通信社・新聞社を出し抜き中堅新聞社がこれほどの特ダネをすっぱ抜くことなど出来るのだろうか、との疑問は残る。


 しかし、この一報で「やはり、、、」と感じた向きもあろう。膠着した拉致問題を進展させる絶好の局面である。日本としては、戦後補償とピョンヤン宣言の合わせ技「経済支援」は、北朝鮮に対する唯一のカードといえる。「今、カードを切らずして、いつ切るのだ」と官邸が考えたとしても不思議では無い。


 
 外形的には「北朝鮮が得たもののほうが多い」とされる米朝会談に、トランプ大統領が大成功大成功と有頂天になるのも、安倍首相が「私の考えを伝えて頂いた」と繰り返すのも、このカードと符号する。
 何事もビジネス(利益)が思考秩序であるトランプ大統領にとっては、腹ぺこ北朝鮮が巨額戦後賠償に飛びつくことは疑う余地も無く、釣り竿にぶら下げた「日本の戦後補償」に北朝鮮が食いついてくれば、後は釣り上げるだけで、えさ代タダにして釣果を料理できると踏んだであろうし、日本としてはアメリカの釣り棹捌きに乗じて、拉致問題を盛り付けてゆけばいいと計算できる。戦後賠償は日米共有のカードなのだ。

 

 しかし日米の思惑通りには急展開しない。前号で触れたように戦後賠償ほど北朝鮮にとって大義が立つ資金はない。米韓中露いずこが経済支援を行なっても、それは支援なのであって困窮する北朝鮮への見舞金である。しかし賠償は違う。国土と人民に非道の限りを尽くした日帝日本帝国主義)が奪った財産への返還請求権であり、いわば日本への貸付金のようなものである。これをもぎ取れば、金正恩「73年目にして日帝に勝利し、同時に65年にして朝鮮戦争を完全終結させた希代の指導者となり、その権威は建国者金日成を凌ぐ神話となってもおかしくはない。
 つまり日本の戦後補償は、日米だけではなく北朝鮮にとっても核放棄交渉の行方を左右する重要な駆け引きなのであり、是が非でも北朝鮮の思惑通りに吐き出させねばならない体制維持の要でもある。

 

中間選挙を読む北朝鮮

 米朝会談後即座に進むと思われた核放棄プロセスは、北朝鮮牛歩戦術に再び膠着しているように見える。トランプをコケにすれば、何が起こるかは充分理解しているであろうが、北朝鮮としては年末に向けてのアメリカ議会制民主主義がトランプの弱点であり、そこを見透かしての計算があろう。


 11月6日の議会選挙では435の下院全議席が改選される。丁度大統領任期の半ばに行われるので「中間選挙」と呼ばれる。議員選挙であるが実質上、大統領への信任投票となる。下院は日本の衆議院にあたり、国政に関し上院に優越する。現在、下院はトランプ政権を支える共和党過半数を超えるが、万一、中間選挙に破れ野党に転落すると政権には一大事となる。大統領弾劾決議を民主党が発議し可決できてしまうからだ。
 ロシアゲート事件など弾劾決議の下地はすでにある。可決されれば一期満了を待たずして大統領は失職することになる。トランプ政権にとって今後半年の最優先事項は「中間選挙を乗り切る」に違いない。

 

 米朝会談開催を急いだのも、大使館をエルサレムに移転したのも、イラン核合意を反故にしたのも、中国やヨーロッパと関税紛争を起こすのも中間選挙と無縁ではあるまい。いずれもブーメラン効果により政権にとって失点となるリスクを抱えるが、半年間は、アメリカン・ファーストを標榜する政権の加点として維持されねばならない。
 そのためには米朝会談は大成功大成功を繰り返すだけで、当座具体的な成果はなくてもよいが、あからさまに失敗が明白となる北朝鮮の暴挙が発生すれば途端に苦境に至る。北朝鮮もその点は熟知しているであろうから、このゴールデンタイムにおいて米朝会談という大勝負で決定的な一本勝ちを取ろうとするだろう。

 

 北朝鮮の決勝打とは何か。言うまでもなく

 (1)和平による軍事的緊張状態の除去と制裁の解除

 (2)アメリカによる国体護持の保証

 (3)日本から巨額賠償(貸付金の返還)を取り付けることである。

  そしてその付随事項として、こざかしい日本が騒ぎ立てる「拉致問題」をなかったことにする、が加わる。

 

 「日本はアメリカを使ってコントロールするほうが御しやすい」、北朝鮮ならずとも「日本を取り扱うには」の常道である。北朝鮮中間選挙の直前に弾道ミサイル実験でも行えばトランプ政権には大打撃となる、トランプが逆ギレしない程度に操縦しながらこの弱みを巧みに衝けば、「賠償金を先払いするように、オレからシンゾーに確約させる。拉致問題は後回しだ、、、」をねじ込むことができるかもしれない。

 残り三ヶ月となったゴールデンタイムに一本勝ちし勝負を決める。何が北朝鮮にとって理想的な決着かを論理的に追えば、その思惑はほとんど自明である。

 

1000人の拉致被害者

 ところでなぜ北朝鮮は、「拉致問題は解決済みである」を譲らないのであろうか。米朝会談が友好的に終わったこの段階であるから、ここで誠意をもって対応すれば、アメリカを使わずとも日本の戦後補償は円滑かつ早急に進む。拉致問題をカードと考えているのであれば、「今、カードを切る」もありそうに思える。にもかかわらず拉致問題は解決済みで、「終わった問題を蒸し返すな」を繰り返す。

 もっと有効で高値が付くタイミングがある、と読んでいるのだろうか。それとも真実を公開できない事情があるのだろうか。真実を知れば、日本国中に衝撃が走り、報復に燃え上がるなど特段の事情があれば、事実に蓋をし地底に葬ろうとするだろう。一体何が真実なのであろうか。

 

 

 政府が認定している拉致被害者は17人。拉致された可能性が排除できないとして警視庁が捜査している失踪者(特定失踪者)は868人である。2002年帰国した曽我ひとみさんは特定失踪者の一人であったことより868人も軽視できない。1000人にも及ぶ日本人が誘拐された可能性がある。


 拉致は、大方1976年から1987年の11年間に実行された。被害者の年齢には幅があるが、現在40~60歳代が多く特別なことがなければ未だ存命のはずである。しかし1000名ほどの被害者の具体的な音沙汰がほとんど漏れ出てこないのは不思議である。
 勿論被害者は当局の厳重な管理下にあるだろうから容易に日本に近況を一報できるものではない。とは言え、被害者が結婚し子供がいれば、関係者は数千人となる。毎年1000人が脱北する状況であるから、「自分の親は拉致被害者だった」、「被害者と会ったことがある」などの証言が定期的にでてきてもおかしくはない。大勢が特定の大規模施設に収容されているのであれば、近隣住民の「見聞きした」噂を完全に管理するのは困難と考えられる。
 北朝鮮当局としても多くを収容給養するのはコストであり、当たり障りのない被害者をまとめて帰国させる、あるいは取引を繰り返し二人三人と小出しで返還してもよさそうであるが、そのような気配すらない。北朝鮮にどういう事情があるのかは分からないが、拉致問題は黙殺、無かったことで決着し、「戦後補償と国交正常化を日本に強いる」が死守すべき方針のように見える。

 

北朝鮮の蛮行わするるべからず

 さて日本である。米朝の思惑に日本が乗ずる策があれば、つけ入るのは当然だ。しかし、戦術であるとしても、拉致問題未解決のまま「戦後補償を先走る」は到底受入れられるものではない。いかにアメリカが威圧しようが、日朝関係の正常化は日本が納得する拉致問題の解決が大前提であることは国民の総意といってもよい。

 

 また戦後補償と拉致問題は同列で語るべき問題ではないことも再度改めておきたい。「戦争とは他の手段をもってする政治の延長に他ならない」とするクラウゼビッツ・テーゼの通り、戦争自体は国際法違反ではない。戦争も植民地支配も敗戦国、被植民地国に甚大な惨禍をもたらしたといえども当代所定の手続のもと履行される限り、国際紛争を解決する国際政治の一態」と整理しうる。

 

 しかし「他国に不法に侵入し、住民誘拐を繰り返す」は明白な国家犯罪であり、政府主導のテロリズムである。その暴挙は帳消しを求め、植民地賠償のみ主張するは、低劣であり言葉を失う。しかも拉致は過去の問題ではなく、現在進行形である。残り時間も逼迫している。解決が遅れれば、被害者もその家族も益々「願い」を来世に繋ぐほかなくなる。


 そしてついぞ北朝鮮が拉致を無きになし、当事者・関係者をして「来世に願いを繋ぐに至らせた場合」は、この蛮行を決して忘れてはならない

 

例え邪知狡知であろうとも

 北朝鮮への戦後賠償自体に反対する意見は少ない。日本の世論は韓国同様、北朝鮮に対しても植民地時代の贖罪として補償金を支出することを受入れるだろう。米朝関係、日朝関係が大転換するチャンスであるこの機に、過去を正当真っ当に清算し、正常化することを望む。
 しかし、自らの暴挙は忘れ、「君たちの先祖は殺人鬼だったんだよ」を声高に「自分のカネを返せといっているだけだ」と臆面もないのであれば、日本も毅然とするほかない。

 事この期に及んでは、もはや「元の木阿弥」で何事も無かったかのように再び膠着に戻ることも耐えがたい。無理にでも事を動かすためにこの際、日本も邪知狡知全てを動員するべきであると思える。

 

 そのために一兆円程度の戦後補償金を国際機関など第三者供託するのはどうか、と思う。一兆円は賠償金として北朝鮮に支出するものだが、拉致問題の全面的解決を停止条件とする。一兆円は北朝鮮のカネだが、日本が拉致問題は解決したと宣言しない限り引き出すことができないカネだ。
 その際、おそらく北朝鮮が「煮えくりかえる」であろう以下の付帯条件を付ける。

 

 「合法非合法を問わず、日本人拉致被害者を救出すれば、一人につき10億円を供託金から支払う」

 

 供託金を被害者救出の懸賞金の原資とする。日本が拉致問題終結宣言を出さず、原資が供託金として留保されている限り、懸賞制度を継続する。中国ロシアなど北朝鮮の友好国あるいは国内から賞金稼ぎを出現させ、一人でも二人でも脱北させるのが計略である。脱北賞金分は当然、賠償金から減算する。実際、拉致被害者が1000人であれば、賞金合計額だけで一兆円となるため、全員を賞金稼ぎが脱北させれば、北朝鮮の取り分はゼロとなる。一人でも帰国できれば、「拉致は解決済み」とする北朝鮮の欺瞞を暴露することもできる。


 本当の被害者かどうかは直ぐに分るはずだ。万一、無関係であっても何かしらの接点があれば、慰労金を準備すべきである。情報だけでも有益である。賞金は危険を冒してでも「やる」との動機付けとなる「高額」でなければならない。
 韓国は勿論、欧米、アジア、アフリカ、各国各地に懸賞金を宣伝するべきである。世界中の賞金稼ぎが関心を寄せれば、日本人拉致問題という国際犯罪を世界に広く認知させることになる。

 

 「諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」した日本としては、恥ずべき邪道であるかもしれない。しかし国際的な誘拐事件で政府が救出賞金を設定することは珍しくない。一方の北朝鮮はすでに、状況を読んでは拉致問題を戦後賠償交渉の取引道具と化しているのであるから、日本が同種同様の対抗措置を選んだとしても、さして引け目を感ずる必要は無い。

 

 

 日本が何もしなければ、米朝あるいは米韓朝の談合によって拉致は黙殺したまま、日本の戦後補償を決めてしまう可能性もある。外圧によって巨額戦後賠償拠出を強いられ、結局帰国した5人以外拉致問題は闇に葬られ、残り全員が来世に願いを繋ぐ他ないなどという事態となれば、これほど主権国家として情け無いことは無い。
                                                                                                                                 敬称略

 

(国際部 半島情勢デスク)