時事旬報社

時事問題を合理的な角度から追って行きます

ベーシックインカム:日本が天国となる日(7)

ベーシックインカム

 

 本日(4日)、参院選挙が公示されました。各党の選挙公約も揃いましたが、どこを探してもベーシックインカムの文字はありません。どうや各党、ベーシックインカムは忘れてしまったようです。

 

 すでに記憶も褪せたと思いますが、二年前の衆議院選挙において一時的に小池百合子都知事が牽引した「希望の党」が勇躍しました。この希望の党が公約に控え目に掲げたのがベーシックインカムでした。

 

 ベーシックインカムとは政府が全ての国民に無条件で毎月、一定額の現金を支給する社会保障制度のことで、毎月、国民全員が生活保護費を受け取るといったイメージです。二年前は与党以外の全てがベーシックインカムを肯定していました。

 

 しかし、公約した希望の党自ら「そんなことが出来るはずがない」と思っていたのでしょう。ベーシックインカムは、希望の党解体とともに永田町から消えました。とはいえ、ベーシックインカムは一時的なその場限りの思い付きではありません。二年前に本欄で眺めたように、AIやICTが労働市場を激変させる備えとして今より議論し準備しなければならない現実的な政策です。

 

 ぬるま湯的な好景気が続き、空前の労働売手市場であるため危機感に不感症となりがちです。ですが、ベーシックインカムが警鐘する世界経済の地殻変動にこのまま無自覚となってしまうことは、「軍手をはめて旋盤で指を切断すれば痛くない」と錯覚するほどの危険を記者は感じます。

 

 AIとは、機械が人間のやることを代行する技術です。運転士、作曲家、医師、証券ディーラーなど従来とうてい人間でなければ出来ないと考えられた業務をAIが取り変わる時代が早晩訪れようとしています。

 

 古い産業を衰退させた新しい技術がまた、新しい産業を生み、労働人口をシフトさせる、とのこれまでの定番がAIにも通用すると楽観するべきではありません。なんとなれば、AIは人間のやることを無くすことを目的とする技術革新そのものであるからです。

 

 AI社会となっても「人間にしかできない業務は残る」との主張は正しいと考えられます。しかしその限られた業務に全ての労働力を吸収できるとは思えません。だとすれば、溢れる余剰労働者がいかに生活するかを今から考え、備えねばならず、その対策の一つがベーシックインカムであり、他に有力な対案もないのが現実なのです。

 

 ベーシックインカムの考え方は、「ともかく最低限の生活だけは国が保証してしまう」です。今の物価水準を基準とすれば、月額10万~12万程度は全ての国民に配ってしまうというような考え方です。国民は自らのペースと判断で、「人間にしかできない自分の業務」を探すことになります。

 

 ベーシックインカムを肯定する経済専門家はほとんどいません。「財源をどうするのか」を想えば机上の空論と写るのも当然です。ところが、今年に入ってこの財源問題について、これまでの常識を覆す論考が登場しました。それはMMTという学説で、その学説の根拠とされるのが、日本の経済政策であるというのですから、少々数奇な巡り合わせです。

 

現代貨幣理論(MMT)


 MMT(Modern Monetary Theory)は現代貨幣理論と呼ばれ、少々乱暴に説明してしまうと通貨発行権を持つ政府は、自らの裁量でいくらでも通貨を発行できるのですから、返済を気にすることなく必要な量の通貨を発行しても国内経済を管理できる、というものです。

 

 勿論、限度はあるでしょう。ハイパーインフレが発生するほど底抜けに貨幣を発行してしまえば、自国の貨幣を国民は信用しなくなり、物々交換もしくは外国の通貨を頼るようになり国内経済は壊れてしまいます。

 

 しかしMMTによれば、経済が崩壊するような流通通貨の限度発行量は、従来の経済学者が考える限界よりも想像以上に高く、一定のコントールのもと漸増を続ける発行量拡大であれば、永続的にそれが続くとしても一国経済はかなりの耐久力がある、とします。

 

 通貨発行量がインフレーションに連動するのは基本的な経済理論ですから、例え国債という国家としての債務を背負っても、通貨量を漸増させ人工的に慢性的なインフレとすれば、過去の債務は通貨額面の交換価値漸減によって、時間の問題で完済が可能となる、つまり、例え1000兆円の債務があったとしても、インフレによって100年後に100兆円分の交換価値(その額でどれだけのモノが買えるかという価値)しかなければ返済も楽だ、というものです。

 

 MMTで重要なのは、ゆっくりとインフレが発生する通貨発行量の管理であって、国家がどれだけ借金を抱えるのかは問題ではないのです。

 

 MMTの理論自体は古くからありましたが、今年の春、アメリカ議会でMMTが議論となったことが端緒となり、世界的な論争となりました。MMTの提唱者であるランダル・レイ教授は長年の研究の結果、特に日本の財政政策を例示しその正当性を主張します。

 

 バブル崩壊後、日本は財政出動つまり通貨発行量拡大政策を続け、景気の腰折れを防いできました。国債発行量はすでに1100兆円を越え、国民一人当たり870万円ほどの借金を抱え込みました。

 

 「にもかかわらず日本は経済破綻しない。日本が(結果として)MMTを実証してみせている」とレイ教授は主張します。

 

 多くの専門家、為政者、官僚がMMTという名の妄想を非難します。しかし1100兆円借金しても経済破綻しなかったことは事実です。借金の大半は、公共投資や日銀が国債を買い上げるとの形でキャッシュが市中銀行に下げ渡されました。

 

 しかしバブル崩壊後の20年間の借金1100兆円を銀行下付ではなく、直接国民一人当たりに分け与えたとしても経済破綻はなかったでしょう。そうであれば、今後20年間に1100兆円を国民に分配するとしても、それは妄想ではないように思えます。

 

 AIによりこれまで人類が経験したことがない労働市場が近づいています。経済政策も従来の常識を越える発想が必要ではないのでしょうか。

 

(社会部デスク)