時事旬報社

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マティス国防長官の真意(2):「ソウルを危険にさらさない軍事的選択肢」はあるか。

 独裁国家は民主国家に比べ、国内政治の統率や国際的な影響力拡大に有利な面がある。独裁的な集権制度が確立できなかった結果、政治体制を維持できず、国が滅ぶという事例もあった。しかし近代以降、政体を変えること無く長期間に渡り統治を継続出来たのは民主国家である。


 機敏な意志の決定や統治の効率との意味では独裁国家に分があるかもしれない。しかし国体を長期維持するとの点では、独裁は民主よりも脆いといえる。それは政権が社会契約的に国民の信任によって委譲されたものか、一方的に政権が国民を包摂したかの違いである。特に独裁が市民への「強圧」によって保持される場合、些細な機縁に触発され押さえつけていた不満が爆発、大衆が政権除去へと突進する脆弱性を常に抱える。独裁国家においては、政権転覆とは国家転覆に等しい。


 独裁者もそのリスクを熟知しているため、片時も強圧の引き締めを油断できず、不満を海外に転化するため意図的に国際的緊張を高めたりする。したがって独裁国家の脅威を受ける周辺国は、(少なくとも論理的な視点より考えれば)国家対国家の対決を避け、独裁国家の矛盾を突き上げ、内部崩壊を誘発させるほうが賢明といえる。


 無論、独裁国家から民主国家へ同じ戦略を仕掛けることもできる。しかし、民主国家としての基盤がしっかりしているのであれば、謀略には実効性がない。なんとなれば、独裁国家においては、独裁者の打倒以外に政権を転覆させる術が無いが、民主国家においては、政体を変えること無く選挙により政権を転換できる。政権とは民主国家においては、一過的なものでしかない。「国体の維持」との意味では、民主主義は独裁国家よりも堅固であり、柔軟である。不効率な民主主義ではあるが、きゃしゃな独裁より格段に安定していると言える。

 

 もし、外国に対する謀略や破壊工作までも「軍事行動」と呼べるのであれば、マティス国防長官の「ソウルを危険にさらさない軍事行動」として有効な方策をいくつか想定しうる。アメリカや同盟国に惨禍を及ぼさず、北朝鮮人民のアメリカにたいする敵愾心も最小限に抑えることができる方策である。

 

宣撫工作

  第一の方策は、言うまでも無く金日成を始祖とする金ファイミリー統治の正当性を破壊することである。正当性は、伝説の抗日パルチザンである金日成(建国の祖)の偉功を土台とし、その血統としての後継者が「正当」に国を統治するとの論理的秩序から成立している。


 建国者としての地位、血統後継者としての正当性が人民支配の二本柱であるが、神話を破壊するために、順番に柱を切り崩すのがいい。先ずは現政権(金正恩)の正当性否定である。宣撫工作とはいうものの、人民が知らない事実を暴露するだけであるので反証が困難である点、実行し易い。


 北朝鮮においては、金日成の威厳は絶対であり極度に神格化されている。現政権から人心を離反させるために、金日成の後継者との資格を突くことから始める。そのためには、「(1)金正恩は三男であり、長男(金日男)を殺害して地位を確立した。(2)金正恩の実母(高英姫)は在日朝鮮人であり、卑しい身分の出身者である」ことを告発し、正当な後継者としては順位、身分が不適格であることを訴える。(1)では、家父長制的儒教規律が殊更厳格な北朝鮮社会において、道徳秩序を顧みない異分子とし人格攻撃を徹底する。(2)では、出自(血統成分)による階級社会である北朝鮮において、もっとも卑しい身分の混血である領導者への嫌悪を惹起する。

 血統階級秩序への不信感が醸成される段階で、残りの本柱(神話)を砕く。すなわち、「(1)建国の父「金日成」は実名を金成柱といい、(2)終戦ソ連軍大尉としてソ連領に留まり、(3)ソ連の支援のもと建国の父に仕立て上げられた」真実を明かし、人民をして神話そのものが虚構であることを覚知させる。

 たとえ、宣撫工作が限定的であったとしても、「人民が真実を知ってしまったかもしれない」との猜疑心が、強圧を強化させ、その結果人民の反感が益々拡大するとの効果が期待できる。

 

 

 宣撫工作の具体的な実施手段であるが、韓国の拉致被害者脱北者団体が現在でも散発的に決行する「風船散布ビラ」を継続広域的に大量実施するのを初め、特殊なドローンを開発、ピョンヤンから遠方の下層人民集落に対し、ピンポイントで空中散布するなどが考えられる。勿論、宣伝スピーカーや謀略放送、更には電波や通信をハッキングし、公共放送他メディアに侵入するなど、「真実」拡散にあらゆる手立てを動員することは言うまでも無い。

 しかし、軍隊や秘密警察といった人民強圧のシステムが機能している限り、政権への反意は簡単に鎮圧されてしまう。したがって、人心紊乱の宣撫工作に並行し、内乱誘発の物理的装置拡散を実施しなければならない。

  

物理的文民統制

  戦争であれば強力な武器が必要となる。しかし市民を強圧するというだけであれば、警察の拳銃でも足りる。ただしそれは、市民が武装していない(丸腰である)ことを前提とする。


 仮にアメリカに独裁国家が生まれ、秘密警察による市民の強圧統治を試みたとしても、家庭に所持される3億挺とも言われる銃に阻まれる。自宅に秘密警察が踏み込み、反体制派を連行することは、独裁国家の体制維持の常套であるが、アメリカにおいては、自宅のライフル反撃を想定しなければならない。


 もし独裁国家の全下層市民に銃を配布すれば、民主の不満は武装蜂起に結び突く。抑圧と被抑圧の関係があるとき、抑圧者が被抑圧者を武装解除しておくことは統治の大前提となる。したがって、この大前提を崩せば、独裁も崩れる。これが第二の方策である。


 すでに「一家に一挺」であってもアメリカで武装蜂起とならないのは、強固な民主主義政体が確立しているからである。逆に丸腰の市民を武力により鎮圧している独裁国家において、大衆が武器を得れば、容易に政権打倒へと火を噴く。実際、過去にはこの試みがためされたことがあった。

 1942年、ナチス占領地域のレジスタンス活動を支援するため、アメリカはFP-45 Liberatorと呼ばれる簡易ピストルを大量生産(一週間で100万丁製造:単価約2ドル)し、空中投下計画を進めた。ライフリングもなく、しかも単発の粗造拳銃であったため、実用射程は数メートル、主に敵の武器を奪い取るゲリラ戦限定使用品であったが、こんな物でも住民が所持してしまえば、統治者に対する脅威となる。


 今日であれば、もう少し程度のいい物を大量生産できるであろうが、上記の宣伝ビラに同梱して、北朝鮮全土に大量配布すれば、少なくとも政権への不満分子による偶発的衝突が散発することになるだろう。

 たとえ、Liberatorを手に市民の武装蜂起が起らなかったとしても、「市民が武装した」事実に寒気立つ独裁者は、一層、実力による統治を強化し、その矛盾から更にまた不満分子を乱造する悪循環に陥り、やがで統治強化で増大する強圧コストが国家財政を破綻させることになるであろう。

 

 

 ところで市民の武装であるが、「抵抗権」もしくは「革命権」として分類される政治学が定める人民の自然権の一つである。ジョン・ロックにより論理的に整理されたとされるが、「人民により信託された政府による権力の不当な行使に対して人民が抵抗する権利」を抵抗権といい、「市民の武装権」は抵抗権の担保と位置づけられる。
 「政軍関係にかかる1988見解」(明治学院大学大学院経友会 1988)によれば、市民の武装権を文民統制の一形態(物理的文民統制)とし、暴走した政府・軍にたいする市民の実力矯正装置(システム)と整理される。

 もっとも「市民の武装」で、既存の政治秩序を壊してしまった後、市民革命・独立戦争を経たイギリスやアメリカのように民主主義国家として安定継続的な政体へ移行するか、イラクのように無秩序と混乱へと陥るかは、国際政治の動向と領域住民の事情や民度に拠って異なる。

 

 日本の場合、市民の武装蜂起による政権打倒の経験がなく、抵抗権・革命権のリアリティはないが、民衆が血を流し革命や独立を成し遂げたイギリス、アメリカでは法令の中に「革命権(市民の武装権)」の痕跡が残る。

 

「新教徒である臣民は、その状況に応じ、法の許す自衛のための武器をもつことができる」
(イギリス権利章典 1689)

「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保蔵しまた武装する権利は、これを侵してはならない。」
アメリカ合衆国憲法修正第2条 1791)

 

 

 

 宣撫工作も武器の散布も、「どの国が実施しているか」を明かす必要は無い。米韓が真っ先に疑われることは間違いないが、偽装工作により「日本が、」、「中国が、」、「ロシアが、」と疑心させておけば、有効な対策を探す間にビラと武器が全土に広がる。

 もし人民の武装が完了し且つ北朝鮮の政体が強圧だけを頼りに、人民の信任に基づかない存在であれば、独裁者とは「血の詰まった革袋に過ぎない。(注)

(注)

 金正日は部下達に「君たちは僕の信任がなければ、血の詰まった革袋に過ぎない」と話していたとされる。

 

(おわり)

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上図:Liberator概観:全長141mm 重量450g

下図:Liberator操作マニュアル:汎用使用を想定しイラストのみで説明文はない。

   グリップ内に予備弾10発を収納できるが、連発はできない。

 

【国際部半島情勢デスク】2017.10.17配信