時事旬報社

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感染率、陽性率、死亡率、抗体保有者率:新型コロナウィルス蔓延の実情を読み解く指標は?

 

 政府は4日、対象地域を全国としたまま、今月31日まで緊急事態宣言を延長することを決定した。全国緊急事態宣言発令より3週間、そろそろ外出自粛の効果が数字となって現れるはずなのであるが、ここ最近、その「数字」に関し様々な議論が沸き起こっている。

 

感染者数(感染率)

 新型コロナウィルスの発生以来、その蔓延を推し量る指標の中心は、感染者数推移であった。感染者数とは、いうまでもなく新型コロナウィルスの「保菌者数」との意味で、重症者、中・軽症者さらには無症状者を含む数である。

 

 目下のところ、その検出はPCR法に拠る。5月4日現在、世界の感染者総数は350万人を超え、最大の感染国はアメリカであり、すでに110万人を上回った。次いでスペイン、イタリアが20万人以上、続いて欧州主要国で10万人を突破といった状況であり、日本は約1.5万人、世界順位でいえば31位となっている。

 

 人口比に対する感染者の割合が感染率である。国内でいえば感染者数ワースト1位は東京だが、感染率ワースト1位は福井県となる(2020.4.6)。この感染率が全人口の7割程度に到達すると、病魔を凌いだ人々に集団免疫が形成され、蔓延は終息に向かうとされる。

 

 ヒトから移される割合が感染率であるが、感染者がヒトに移す割合を基本再生産数という。統計学上、基本再生算数が「1」以下、つまり一人の感染者が新たに伝染させる人数を一人以下に抑えることができれば蔓延は終息できるとされる。

 

 (日本の)新型コロナの拡大阻止に中心的役割を担ってきた厚労省 クラスター対策班が最も重視した政策が、この「基本再生産数1以下」であり、PCR検査もクラスターの洗い出しと拡大阻止を目的に優先実施されてきた。

 

 ところが国内において、特にこの一ヶ月、感染者数推移や感染率を基礎とする実体把握を疑問視する声が高まる。(1) PCR実施数が極めて限定されており、新型コロナ蔓延の実情を反映していない、(2) すでに経路不明の感染者が激増しており、クラスター対策班の初期政策は行き詰まっている、がその理由である。

 

 以下は、東京都が実施したPCR検査数と感染者数の一例である。

 

○2020.4.21(火)~27(月)までの東京都PCR検査実施結果

      PCR検査人数   陽性者数

4月21日   276         123

4月22日   167         132

4月23日   233         134

4月24日   470         161

4月25日   289         103

4月26日   272         72

4月27日   314         39

 

 この期間実施された日毎のPCR検査は200~300程度であり、東京全体の実施数としては、仰天するほど少ない。この限られた検査結果より100人を「超えた超えない」に一喜一憂するのは無意味なように思われる。

 

陽性率

 そこで一部識者から感染者数ではなく、陽性率を重視するべきだとの主張がなされる。陽性率とは検査数に対する感染者の割合である。検査の絶対数が少ない場合でも、陽性率が向上している事実があれば、市中感染が拡大していると推計できる。

 

 東京都の2月、3月初旬の陽性率は0~7%であった。しかし3月15日からの一週間は16%に急上昇し、22日からの週は32%、4月12日からの週は63%に及ぶなど、陽性率は拡大を続ける。

 

 感染者数は同一水準であったとしても、PCR検査の実施が限定されており、感染経路不明の陽性者比率が増大しているのであれば、潜在的な市中感染が拡大していることを意味する。

 東京都は正にその条件に適合する。しかし陽性率の増加は東京に感染者が蔓延していることを示唆するのみで、その実体を知ることができない。

 

抗体保有者率

  そこで緊急に不特定多数の抗体検査実施を求める声が高まっている。ウィルスに感染し、体内に抗体が出来たヒトの比率が抗体保有者率であるが、特定サンプル数の抗体率を調査すれば、統計学的に一定地域の感染者数を割り出すことができる。

 

 抗体検査は抗原検査(PCR検査を含む)に比較すると簡便であり、単価も安いため大量検査向きである。先月末(2020.4.24)、米ニューヨーク州が無作為に選出した3000人に抗体検査を実施したところ、14%が抗体保有者であるとの結果となった。州の人口に換算すると270万人の感染者が存在することを意味する(ニューヨーク州の公式感染者数は、26万3000人である)。

 

 声に後押しされ厚労省も先月、実体を見定めるため不特定数千人を対象とする抗体検査を実施することを表明したが、未だその結果はおろか、実施に着手したとの公表もない。

 今月(2020.5.3)神戸の病院が、新型コロナ以外の理由で受診した患者1000人に抗体検査を実施したところ、3%から抗体が検出された。神戸の人口は153万人であるから、4.6万人程度の感染者が存在すると類推される。 


 病院単独でも出来るような感染調査である。政府が全国的に、東京都が都内を対象に調査するのも造作無いと思われるが、腰が上がらない。たとえ都内感染者が100万人と暴露されたとしても、もはや国中パニックとなる程ではない。何を理由に躊躇しているのか全く不可思議である。

 

死亡者数(死亡率)

 現実を直視する最後の指標が死者数(死亡率)である。識者曰く、最もごまかしにくい指標である。死亡診断は、医師、病院として医事行政が定める所定の手続に基づき処理され、速報性もある。

 

 本日(2020.5.4)時点、国内の感染死亡者は、536人である。この数は、アメリカの6.8万人、イギリス・イタリアの2.8万人、スペイン・フランスの2.5万人と比し、格段に少なく、適切な対応によって感染拡大を有効に管理したとされるドイツの7000人よりも優秀である。もし、この水準で新型コロナを切り抜ければ、日本は相当善戦したとしてもよさそうである。


 しかし本当にそうであろうか。統計に現れない死亡者は無いのであろうか。変死者の中には、死亡後感染が判明する事例もあるが、警視庁は先月末(2020.4.26)、自宅や路上で容態が急変して死亡、死後に感染が判明した変死事案は、全国で15件であったと発表した。


 不審死が激増していれば、情報は漏れ出てくるであろうから、コロナ死536人を疑う理由はない。とはいえ、油断できるものでもない。3月26日時点、1000人足らずの全米の感染死者が、わずか10日後には1万人を超えたという先例を日本も警戒せねばならない。


 一体、536人は薄氷の上の数値なのか、手堅い道理に基づく数であるのだろうか。


 死亡者の絶対値は指標となるが、国内総感染者数に対する死亡者の比率である死亡率が、限定実施のPCR感染者を分母とする限り、実情評価の役に立たないことは言うまでも無い。

 

(社会部デスク)