時事旬報社

時事問題を合理的な角度から追って行きます

令和としての新年を迎えて

 

 アメリカが参戦した戦争は建国以来数百を数えるが、議会の承認を経たものは数少ない。ベトナム戦争を始め多くの戦争が大統領の個人的権限で始まった。太平洋戦争は、その中の少ない例外である。日本と同時にドイツとも開戦しているので、正確にはアメリカの第2次大戦参戦である。

 

 日本軍の真珠湾奇襲は、宣戦布告の無い「だまし討ち」であったと喧伝されたので、アメリカ世論は沸騰し、「日本打つべし」に米国議会も一色となる。しかし大統領発議の開戦議決において一人だけが反対した。史上初の女性アメリカ下院議員ジャネット・ランキンである。

 

 生涯を通じて平和主義者として活動した彼女は、「正義のための戦争よりも、欺瞞に満ちた平和の方が100倍も良い」と、いかなる理由であっても戦争そのものを否定したのだった。

 

 

 今年は、新年号として迎える最初の年となった。昭和生まれの記者としては、昭和、平成に続き令和を迎えたことになる。無礼ながら、明治、大正、昭和を生きた老公をずいぶんな年寄りと認識してきたので、自らが三代に突入したとなると少々複雑である。年齢を考えれば、令和が自分が生きる最後の年号となるであろうと思えば、尚更だ。

 

 昭和33年生まれの記者は、昭和を31年間過ごした。奇しくも、平成もまた31年間を暮らした。天運が令和をいかほど生かすかは分らないが、おそらくは生涯を三代で大旨三等分し、果てそうである。

 

 人生最後の一呼吸を迎えとき、意識はどの時代の半生を振り返るだろうか、と考える。令和の後半は頭がボケ、新しい記憶は湯気のごとく消えてゆくだろうから、「私という存在」は、昭和もしくは平成を黙想するに違いない。とりわけ、かすれゆく意識の中では、思春期、青春を過ごした昭和に思いを馳せそうである。

 

 太平洋戦争が終結した13年後に記者は生を受けた。当時はまだ殆どの人々に戦争のリアリティが残ってた。幸い、その後、記者が生きた61年間、日本は戦争に巻き込まれることはなかった。

 

 戦地や銃後の夥しい犠牲、悲鳴、嗚咽が、平和な日本をプレゼントしてくれた。昭和であれば、いかなる大義があるとしても「戦争そのものを否定する」に大方、同意したことだろう。

 

 しかし、いささか令和が不安である。昭和からのプレゼントへの感謝が、令和もまた続くことを願うばかりである。

 

(社会部デスク)

「進化」という摩訶不思議な動力(2)

 

 

 地球が誕生したのは約46億年前、最初に「生命」が生まれたのが約38億年前とされる。生まれたばかりの原始的な生命は、海の中で合成されたアミノ酸、塩基、糖などの有機物であった。その生命がやがて単細胞を生み、更には多細胞、無性生殖から有性生殖へと進化を続ける。

 人類最初の生命体であった有機物に「意識」があったとは思えない。したがって原始的な有機物自身が「もっと高度な生命体になりたい」と願って進化を発動させたと考えることはできない。進化という動力は天与のもとする他ないのである。

 一体いかなる創造主が、生命体に進化という動力を宿したのかは分らない。広大な宇宙の中にあっても生命体が出現可能な環境はごく一部である。しかし奇跡的に生命体が誕生すれば、進化が抱き合わせで運命付けられた。

 この運命が地球限定であるのか、地球外生命体についても等しく機能するのかについては検証のしようもないが、運命は宇宙全体の生命体にあまねく宿る神秘的な動力だと考えるのが自然であるように思える。

 何故、そのようなことがおこるのであろうか。進化とは不思議である。

 いかなる天運が進化という動力を生命体に組み込んだかは不明であるが、それが何を目的としているのかは明白である。進化は明らかに「種の保存」を目的としている、つまり、種の絶滅を回避するために進化がおこるのである。

 同族種の絶滅を回避するために、同族種進化がおこる。更に種の存続に有利となるのであれば、異種へと進化する新種進化が起る。その結果、地球上に無数の「種」が出現した。勿論、人類も進化の産物である。


 その進化であるが、「競争力進化」と「適者耐性進化」の二つを達成目的としているといえる。競争力進化とは、弱肉強食の世界にあって「強く」「早く」「高く」といった能力を向上させ捕食機会を拡大するための進化であり、適者耐性進化とは氷河期に突入したとか、食料不足になったとか、環境変化に適応するための進化である。共に「試練に打ち勝つ」が動力源となる。進化とは要するに天運が「競争に晒し、そこから勝ち昇る」ことを生命体に運命付けたメカニズムとすることができる。


 適者耐性進化は生命体にあまねく平等な試練となるため、異種間もしくは同種間競争を考える必要は無い。しかし競争力進化は、種と種の間もしくは同種間の競争を前提とする。


 この内、同種競争力進化は、同族の内部競争の結果おこる進化である。個体がその一代で進化することはないが、「あれが競争に不利だった」、「これがあれば競争に勝てる」など、個人の社会生活で得た意識が、次世代の子孫に変化として発生する。


 「意識する」が同種競争力進化の動力源である。生物の遺伝子内に進化の動力が組み込まれている限り、「競争」との視点から仲間を「意識」することは宿命であるように思われる。

 人間であっても宿命から逃れることはできない。「誰よりもお金持ちになりたい」、「誰よりも素敵な異性と結ばれたい」、「誰よりも高い社会的地位を得たい」など他人よりも比較優位したいという今日的な俗人欲も、根源的にはヒトの胎内の奧底に宿る進化動力が、本能的に意識させる、と考えることもできる。


 そうであれば、ヒトとして社会で「生きる」ということは、「競争する」つまり「他人に打ち勝つ」が本質であり実体なのであろうか。


 人間社会とて、アルファ雄が群れの雌を独占しハーレムを形成する猿社会と同じだ、と主張することは可能であるし、それを同種競争を原理とする進化の宿命とすることもできる。事実、個人間であろうが、家族や法人間あるいは地域領域単位、更には国家間に至るまで無数の競争が生まれ社会を動かしているように見える。

 しかし、「人間は猿と同じだ」と断定してしまえば、多くが落胆するに違いない。人間は動物とは異なる崇高な存在でありたい。しかし人間は、はたして他の動物とは異なる特別な生命体なのだろうか。

 この「問いかけ」に対し、「ソウではない」と反論する方案は、いくつもあるに違いない。しかし記者には、この発問を寄り切る極め手は、「人類だけが科学を手にした」に尽きるのではないかと思える。

 人間の英知だけが、唯一、宇宙や大自然の法則、生命の神秘解明に迫りつつある。他の生物にはない、人間だけの特権といっていい。

 


 さて、では「科学」とは何であろうか。科学の定義も多数存在するであろうが、記者は、「現象」つまり「ヒトが知覚できる事物」に「原因」があり、その「結果」が「法則性」で結ばれる場合、その法則性を解明することが「科学」である、と考えている。


 科学が法則を解明することにより、現象の「結果」を知れば、その「原因」を究明できる。「原因(現状)」を観れば、その「結果」を予測することができる。この関係を「科学」としよう。

 天運が地球最初の生命体に進化動力を組み込んだのと同じほど、「人間のみが科学を育てる特権」を天与されたことが記者には不思議でならない。しかし「なぜか」はともかく、与えられた特権の意味を熟考し、科学を得た使命に介意する必要があると思う。

 科学のおかげで、自然まかせ、成り行きまかせであった生命体の宿命をヒトだけは、随分人為的にコントロールすることができるようになった。自然の猛威によって例え地域的な凶作がおこっても、発達した物流が飢饉を防ぐ。生命が生きられないような酷寒酷暑の土地であっても、生活空間の温度調整によって定住圏となった。今では死を回避できないような病気は大方無くなった。そして最新の生命工学は「成長と老化」、「遺伝」、「生と死」といった神の領域のメカニズム解明に肉薄する。


 科学は人類に「進化に頼らずして種を継続維持する道」を整備してくれる。これが重要だ。ヒトだけは弱肉強食、適者生存に拠らずとも種を滅亡から守ることができる。科学は競争を追放できる。


 科学は、この目的に沿うよう行使されねばならない。科学という人間だけが持つ特権の行使は、「競争のない社会を造る」を使命としていると思いたい。


 そうであるが故に、戦慄するべき悪夢もまた脳裏をよぎる。38億年前から連綿と続く競争動力が科学と一体となってしまう事態である。科学が弱肉強食、適者生存を後押しする道具となってしまえば、生命体に明日はない。科学は地球全ての生命を絶滅させる力も持っている。競争の本質とは、とどのつまり、行き着く所まで行ってしまうのだから。

 
 人類は今、煉獄にあるといえる。

 

 

(編集部主筆

 

GSOMIA破棄の底辺:韓国「慰安婦問題」の不都合な現代恥史

韓国市民の偏執

 

 大方の予想を覆し韓国がGSOMIA(日韓軍事情報保護協定)破棄を発表しました。韓国大統領府報道官は、「日本が貿易管理上の優遇対象国から韓国を除外したことが理由だ」とし、その結果、「両国間の安保協力環境に重大な変化をもたらした」と非難しました。

 GSOMIA破棄は韓国世論の過半も支持していることから、反日を先導する大統領の個人プレーというよりは、国民大半の奧底には「日本への偏執」がへばりついているからと考えるべきでしょう。大統領といえども、世論を斟酌しないわけにはゆきません。

 隣国の市民意識としては、北朝鮮という差し迫った現実的脅威に対する防衛体制を崩してでも、歴史問題から百出する日本への宿怨を晴らすほうが、優先されると考えたのだとも思えます。

 

 しかし韓国民の偏執には明らかな事実誤認も含まれます。例えば「日帝の植民地支配最大の被害国はどこか」と尋ねれば、「それは韓国だ」と韓国人であれば誰もが即答するでしょうが、正解ではありません。単純に植民地としての期間だけを比較すれば、台湾は韓国よりも5年長い40年の支配を受けたのです。「日帝36年」は韓国現代暗黒史のキーワードとなっていますが、韓国併合(1910年)から敗戦(1945年)迄は35年で、そもそもキーワードからしてすでに過分です。勿論、台湾と比べ、殊更韓国だけに過酷で極悪な植民地支配を強いたかといえば、そんな史実もありません。

  

 戦後最悪とされる日韓関係ですが、付きず離れず揺れながらも大局的には未来志向へと歩みを続けてきた二国関係がここまで  「ドン底」へと退行した深淵は、日本軍による従軍慰安婦問題が「こじれた」ことに起因するといっても差し支えないと思います。

 

 徴用工問題にしても、(韓国側の見立てとしては)慰安婦問題の「成功事例」が誘発したともいえます。「国内裁判所による判決を得、運動の正当性を確保する」、「大義を顕在化させるためにシンボル像を製作、その拡散を通じて人心をかき寄せる」といった施策は、慰安婦の手法を踏襲しています。

 

 韓国市民の心理としては、慰安婦問題によって日帝は「絶対悪である」が確立したともいえます。市民感情に性奴隷を強要した日本の本質には、獣的残忍性が宿っていると半田付けされました。日本による植民地問題は全て獣的残忍性という色眼鏡を通して整理されることとなったのです。

 

 無論、植民地時代の日本の行為に問題がなかったわけではないでしょう。しかし「日本への確執を韓国の納得する形で解決できるのか」となると少々悲観的にならざるを得ません。これまで政治的な決着が幾度となく試みられ、時には実行されたのですが、それが悉く反故にされると、壊れたレコードを永遠に聞かされるようなストレスを感じます。

 

 国家間の問題を戦争以外で解決するためには、二国間で政治合意する他無く、形式的には条約や協定などの法的決着を図ることになります。しかし法律は、「真理を解明する」ために存在するのではなく、「紛争を解決する」ために存在するのです。一旦「これで解決する」と決めたからには、商業契約と同様遵守されねばなりません。この道理が分らなければ、あらゆる条約、協定は無意味です。

 

 さて、日韓関係の重しとなっている慰安婦問題ですが、その発端は1982年いわゆる朝日新聞誤報記事からはじまります。本格的な二国間問題へと発展するのは1992年、再度の朝日新聞誤報記事以降の話です。奇怪と写るかもしれませんが、それ以前は、日本も韓国も慰安婦をほとんど問題視していませんでした。

 

春天

 

 慰安婦外交問題とならなかった理由には幾つかの要素があるでしょうが、この問題が持ち上がった時、当時を知る多くが違和感を感じたものです。違和感というより、「この話は表に出したくない、封印しておきたい」といったバツの悪さに近い複雑な心境です。

 

 バツの悪さは、日本人だけではなく、韓国人にもありました。韓国は言わずと知れた巨大な売春国家だったからです。国家が管理する公娼制度を整備していました。今では、女を売っていた韓国にも、女を買っていた日本にも不都合であるがゆえに当時を語ることが憚れます。

 

 しかし韓国に「バツの悪さ」が漂うのは、売春が国内産業として爛熟していた、つまり多くの韓国人が女郎屋に出入りしていた、あるいは日本人観光客が国家公認に励まされ渡韓を繰り返したという恥史だけではなく、当時、商談を有利にするために「夜の接待」が当たり前のように行なわれていたことに拠ります。

 

 外国との重要な商談に際しては、飲み食いの接待よりも「夜の接待」の方が、効果が倍増することは説明するまでもありません。「夜の接待」が病みつきとなったスケベな中小企業経営者が足蹴に韓国出張を繰り返し、挙げ句には現地妻まで囲うなどは、珍しいことではありませんでした。

 

 「夜の接待」はビジネスだけではありません。公的なミッション団や外交などでも広範に実施されていました。来韓したアフリカ某国の大統領をオモテナシした世話係が黒い子供を産んだなどの風聞も後を絶たちません。いわゆるハニートラップとは別の話です。夜の接待は、「銀座のクラブで接待する」と同類の領域にすぎないのです。

 

 今では信じられないでしょうが、多くの日本人韓国人が当時は、慰安婦問題に触発されて、自分達の現実的な恥部が表沙汰となのはマズい、という心理に加え、彼女たちに対して「何を今さらカマトトぶって、、」との差別意識も交錯し、慰安婦には触れまいとの意識が漂っていたのです。

 

 事実、この当時在韓米軍相手の慰安婦がまだ存在し、遊女を送り込む置屋制度が機能していました。貧しかった韓国が外貨を獲得する有力産業が「夜の産業」であったといえば言い過ぎであるかもしれませんが、韓国当局も売春行為を奨励し、「もっと体を売りなさい。あなた方(慰安婦)はドルを得る愛国者だ」と賞賛されたなどの証言も残っています。

 

 このようなお国柄であったのですから、日本軍慰安婦問題が持ち上がった時、「置屋が出来たのは戦後の話ではあるまい。相手が日本軍であっても置屋が暗躍していたことは明白だ」と日本人も韓国人も直観したのです。

 

 当時、慰安婦といえば「米軍慰安婦」を意味していました。これは日本軍慰安婦を告発する立場としては不都合であり、「慰安婦(米軍)」と区別するために、「従軍慰安婦(日本軍)」なる新語を造語する必要がありました。更には従軍慰安婦は風俗(商売)ではなく、日本による性奴隷を強制する国家犯罪であらねばならなくなりました。

 

 ですが真実はどうであれ、かつては従軍慰安婦公娼制度の延長(出稼ぎ)とのイメージにリアリティがあり、日本にも韓国にもバツが悪い問題であったのです。

 

 過去を追憶するには、時代的な状況を切り離し、現在のコモンセンスから考えてはいけません。近現代、世界中で「売春」は違法行為ではありませんでした。1958年、売春防止法が施行されるまでは日本でも、江戸時代の遊郭から伝統を受け継ぐ娼妓制度が存続しました。文豪の大作にも遊女がここそこに登場します。それが韓国では2004年まで続いた、というに過ぎません。

 

 もし日本で現在でも公認遊郭が存在すれば、足繁く通う向きは少なくないでしょう。2004年以前、韓国の夜を「遊ぶ」には、それほどの気軽さがありました。

 

 非公認の地下置屋も無数に存在しました。深夜までソウルのあちらこちらを色取る理髪店サインポール(クルクル)が単に散髪するだけの店ではないことは公然の秘密ですし、繁華街は元より高級ホテルや飛行場であっても男連れの出張者を見つけるや、ポン引きが彼らの非公認商売に精を出していました。

 

 ソウルの一流デパートに買い物に行けば、客引きが言い寄り、「このデパートのどこの売り場でもいいから、お気に入りの店員がいれば、指名してくれ。夜にホテルの部屋まで派遣するから」と勧誘されるのがお決まりでした。勿論例え「指名」したとしても、本人とは異なる本職が登場するだけです。

 時には深夜、ホテルの自室を突然ノックされることもあります。ドアを明けるとその道の女性が立っているという、ホテルと結託した大胆な商売もありました。

 

 今ではファッションの街として知られる「梨泰院(イテウォン)」の語源は、当地に駐留した米軍との間に出生した混血児を収容する施設(異胎院)であるとの俗説が信じられていたほど性産業は社会生活の一部であったのです。

 

 旅行者や海外出張者の「夜の楽しみ」は、何も韓国だけの専売特許ではありません。東南アジア全般に見られ、外国支店赴任者の密かな余録にもなっていましたし、いわゆる「やるパック(旅行企画「JALパック」をもじった隠語)が社会問題となったこともありました。

 

 一方、韓国における性文化も少なからず「ソウルの夜」に勢いをつけました。韓国男性の相当数は「売春は社会生活の一部」と考えており、ソウル大学女性研究所の調査(2010年)によれば、売春経験者は49%であり、回春回数は平均8.2回を数えると報告し、別の調査では、男性の20%が20代に一月少なくとも4回、セックスに代価を支払い、35万8千人は毎日売春婦に通っているとしてます。

 また1989年、YMCAの調査では、売春女性の数は15~29歳の女性620万人の5分の1に当る120~150万人に登り、売春業の年間売上げは、韓国GNPの5%に当る4兆ウォンを超えると報告し、「売春は社会生活の一部」を裏付けます。注意したいのは、当時、それは日常なのであって、多くが無許可営業であったとはいえ、パチンコ店の両替ほどに社会も寛容であったということです。このような性商売の寛大さを少なからず日本人も羨望していました。

 

キーセン観光

 

 公娼制度は、売春産業を政府が公認するということですが、その中心は韓国伝統の妓女制度を虚飾したキーセンパーティでした。キーセンパーティとはキーセンハウス(料亭風の戸建て施設)で行なわれるキーセン同伴の会食や余興がセットとなった夜会のことです。 一般的に「夜の接待」とはこのキーセンパーティのことでした。70年80年代はキーセン商売の最盛期で、その圧倒的な上客は日本人(一説に拠れば客の9割が日本人)でした。「キーセン観光」なる単語も生まれたほどです。

 

 白状すれば、記者も一度キーセン接待を受けたことがありました。キーセンパーティは一連のスタイルがあり、以下、1988年、「新羅閣」という、(確か)鍾路三路(ソウル)にあったキーセンハウスで体験した「夜の接待」の記憶です。

 

  1. キーセンハウスに到着すると最初に大広間に案内され、客は片隅に鎮座する。
  2. ほどなく対面の入口より20人程のキーセンが民族衣装で登場。それぞれのポースで横列に居並ぶ。
  3. 招待客が職位順(この時は三名)に「お気に入り」を指名する。
  4. 「お気に入り」を伴い会食会場に移動。客の隣にお気に入りが立て膝姿(韓国女性の伝統的な着座姿勢)にて寄り添う。
  5. 銀座の高級クラブと同様、お酌やタバコの着火などプロ術の接待役を努めるが、ホステスと異なり、料理の箸運びがキーセンの重要な任務となる。つまり客は「食べたいもの」を告げるのみで、料理はキーセンの長い金属製の箸で口元まで運ばれる。
  6. 日本語は達者であるが、饒舌であったり、会話をリードするようなキーセンは少なく、控え目で受動的態度に徹する(そのように教育されているものと思われる)。
  7. 韓国料理のフルコースを味わいながら、民族楽器の演奏やピンクショーなどの余興が行なわれる。
  8. パーティが大詰めとなるとお気に入りをホテルに連れて行くか(持ち帰るか)を打診される。
  9. 「一緒に帰る」を選択すると私服に着替えたお気に入りと共に店が用意した車でホテルに戻る。ホテルはキーセン観光を熟知しており、帰館した宿泊者が女連れとなっていることに頓着しない(ただし契約キーセンではないフリー遊女の入館は拒否される)。
  10. 一般的には翌朝、ホテルで朝食を一緒した後、お気に入りとの別れとなる。

 

 キムさんと名乗る記者のお気に入りと深夜まで長話をしました。キーセンハウスでは言葉少ないキムさんでしたが、意気投合してからは様々な身の上話が止みません。

 キムさんの出身地である全羅南道ではまともな仕事が無く、工場に住み込み働いていたが、一人分の生活費も稼げず、相部屋の4人と即席麺一つを分け合って食べていた、全羅道は政府から差別を受けており、キーセンとなるのは全羅道出身者が多い、、、、

 そして最後に「日本人は親切だからいい」と零したのが心に残ったものです。

 

 当時の韓国ですから、日本以外となれば大方は米軍相手だったはずです。雇い主が駐米慰安婦業も兼務しているのであれば、彼女も断り切れないのだろうと想像すると憂鬱となります。自分がしたことを棚に上げた、とても思い上がった考え方です。

 

 売春天国といえば、不道徳な反社会行為を意味します。しかしそれが社会生活の一部となっていた当時の韓国では、(自慢できる天国ではなかったでしょうが)温泉天国的な気安さがありました。

 今となっては、セピア色の童話となってしまいましたが、外人も韓国人自身も多くがその享楽天国を享受していたのでした。

 

 そのような時代に日本軍従軍慰安婦問題の糾弾が始まったものですから、当初は勢いがありません。何せ今でも慰安婦のお世話になっているのですから。

 それが本格的に先鋭化してゆくのは、2004年売春が違法となり、駐米慰安婦のリアリティが社会から散逸してからのことです。

 

 リアリティがなくなると従軍慰安婦の大罪が空想的史実として増殖していったように思えます。今ではイアンフは、「民族的差別意識を原動力とし、抵抗する純情無垢な少女を辺りかまわず狩りだし、軍隊の性奴隷とした戦慄すべき国家犯罪である」がすっかり定着、これが絶対悪「日本」を不動なものとしてしまいました。

 

 戦時中の生証人はすっかり少なくなりました。しかし太平洋戦争の出征兵士であれば「ピー屋」と呼ばれた慰安婦サービスを知らないヒトはいないでしょう。その多くはサービスを利用したはずです。

 実際を知るヒトであれば、慰安婦は韓国人だけではなかった、ましてやホロコーストになぞられるような迫害や奴隷制の類ではなかったことは承知しているでしょう。

 

 文在寅政権は就任後、早々に「慰安婦を称える日」(8月14日)を制定しました。元慰安婦の一人が戦後初めて自分が日本軍慰安婦であったことを名乗り出たことを「称えた」記念日です。「破壊(島崎藤村)」の主人公瀬川丑松が「自分は差別部落出身者である」を告白するほどの勇気を政府が賞賛し、記念日としたのです。

 逆に言えば、元慰安婦が日陰者として社会的差別を受ける現実があったのでしょう。では誰が差別したのでしょうか。慰安婦問題は韓国国内問題でもあります。

 

 ところが慰安婦の全責任を日本のみに帰し、更には植民地時代の諸問題をなすがままに類焼させる猛勢に日本の市民意識も反発、ついには経済問題や国防連携にまで衝突をエスカーレーションする悪循環にどう対処すればいいのでしょうか。

 

 すでに絶対悪が韓国市民に半田付けされてしまっています。半田を除くには、耐えがたい高温で溶かす必要があります。あえて身を焦がす苦痛を受け入れるヒトなどいないでしょう。

 ヒョッとすると日本にも半田付いている偏執があるかもしれません。その場合にも同じ苦痛が避けられません。とどのつまり、日韓にわだかまる「イアンフ」の解決なしに真なる日韓の和解はありえないのです。

 

 しかしながら「イアンフ」の一言が、たちまち「ヘビの死骸」でも見たかのような悪寒を発症させ、条件反射的に「日本軍国主義の暴挙」「それを認めない許しがたい日本」が直結する一般的な韓国市民の半田心理を融解する方策など到底見つかりそうにもありません。

 

 もはや韓国の執着を一転させる術はないと断念した日本は、「断韓以外善策はない、」に傾きつつあります。絶望的です。

 

反日種族主義

 

 ところが、最近想定外のことがありました。韓国で、全く以て驚くべき現象が芽を吹いたのです。韓国で『反日種族主義』が大ヒットしたことです。

 今年7月10日、未来社(韓国)から出版されたこの一作は、一ヶ月にして10万部を販売、教保文庫(韓国の巨大書店)のベストセラーに踊り出ました。

 

 本書の代表著作者の李栄薫(イヨンフン:ソウル大学経済学名誉教授)は、「中国の非道には寛大でありながら、日本にたいしては直情的に反感をむき出しにする韓国市民」の一般心理を「反日種族主義」と命名し、そのメカニズムを史実を解明しながら論破してゆきます。

 

 未だ韓国語版しかなく、本書を日本人が閲読することはできないのですが、その中心的な主張はYouTubeの動画講座(李承晩TV講座)として公開されており、大方の動画には日本語字幕が付いていますので、内容を知ることができます。

 

 驚くべき論旨です。「竹島(独島)問題」、「日韓基本条約の真実」、「徴用工問題の本質」、韓国人であれば、信じて疑わない常識を次々にひっくり返してゆきます。即座に韓国のマスコミや政府関係者から猛烈な非難が湧出しましたが、現在でも書籍のヒットは続き、動画視聴数は拡大しています。

 

 李栄薫教授も「日韓歴史問題の地脈を覆うのは慰安婦問題である」と位置づけ、「イアンフ」とは何であったのかの解明が最優先とし、動画講座の冒頭を「日本軍慰安婦問題の真実(15話)」としてスタートさせています。

 

 教授は意外にも日本軍慰安婦問題を考える一連の動画講座の初回から第3話までを「朝鮮戦争韓国軍慰安婦」に充てています。朝鮮戦争にも慰安婦が存在したことを暴露することは韓国では御法度です。国賊に近い暴挙です。韓国=完全善(被害者)、日本=絶対悪(加害者)との基本式を根底から脅かしかねないからです。しかし「基本式が必ずしも当てはまらない」を見つめることは、日韓の国民感情に固着した半田を緩める第一歩に他なりません。

 

 日本軍の慰安婦問題は、第9話「日本軍の慰安婦」、第10話「有る慰安所の帳場人の日記」、第11話「楯師団の慰安婦、文玉珠」、第12「果たして、性奴隷だったのか」、第16話「日本軍慰安婦問題の真実(完)」などで生々しいその実体を追って行きます。

 

 結局のところ、教授は現存する資料や証言を総括し「日本軍慰安婦制度は、公娼制という後方部隊を前提に編制した前方部隊」であったことを肯定しました。つまり色町の公認女郎屋が前線部隊に出張商売したのがイアンフの実体であったとし、更に度合いでいえば、朝鮮戦争慰安婦の方がより過酷なのであり、史実究明と賠償が優先されるとまで論及しています。

 

 教授の主張は、韓国の常識からすれば許しがたいことでしょうし、一部には常識を裏付ける「戦争犯罪」もあったことでしょう。しかしイアンフの史実的な実体としては、当時、合法であった娼婦ビジネスの変種に留まるとのイメージは、戦後この問題が持ち上がった時点、キーセン観光に熱心だった日本人をはじめ少なくない韓国人が直観した慰安婦像に合致するものです。

 

 破廉恥なことを話すようですが、少なくとも80年代辺りまでキーセン観光はハワイで射撃ツアーに参加するほどの気安さがありましたし、「夜の接待がビジネスに有効」を知る韓国企業公然のオモテナシだったのです。

 

 「許せない」と信ずる向きからは、「日本の行為を正当化している」と写るでしょう。しかし歴史認識は「過去と現在の対話」から導かねばなりません。過去の声に耳をふさいでしまえば、歴史ではありません。性文化といえども時代時代の背景を抜きに現在の価値観で結論するのは無理があります。

 

 日韓対立の震源は、感情的心理的な面が強く、その本源たるイアンフを取り残し、仮にGSOMIAを小手先で政治決着したとしても、悪臭漂うヘビの死骸があるかぎり、偏執はいつでも復活します。

 

 「反日種族主義」が韓国で出版され、読者が増えていることは出口の見えない日韓衝突を解決する一光と思えます。とりあえず、日韓ともに反日種族主義の主張が事実であるかを論証するべきです。もし否定できないのであれば、史実を認定するべきです。期待値による歴史認識ではなく、両国の認定史実が共通認識へと昇華できるのであれば、あの時代「何が行なわれ」、「どう賠償するか」が一致します。

 

 韓国の知識人から、この一作が発表され韓国社会に発信されたことは、少なくとも日本にとっては、絶望的な対韓関係を何とかして動かす小さな希望です。

 

 

李承晩TV シリーズ講演       [日本軍慰安婦問題の真実]

 

第1話.  朝鮮戦争韓国軍慰安婦

https://www.youtube.com/watch?v=3wn1_4Nl8To&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=16

 

第2話. 1950-60年代の民間慰安婦

https://www.youtube.com/watch?v=Vu6TBamZCao&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=15 

 

第3話.  1950-60年代の米軍慰安婦

https://www.youtube.com/watch?v=QAG1mSbOZCg&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=14

 

第4話.  謝罪、妊娠、流産

https://www.youtube.com/watch?v=lx4IPaQtkQ4&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=13

 

 第5話. 朝鮮の妓生(ギセン)、別範疇の慰安婦

https://www.youtube.com/watch?v=iP3V57uCbrU&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=12

 

第6話.  公娼制の施行 ‐身分的性支配から商業的売春へ‐

https://www.youtube.com/watch?v=_e2GJ5A6Cnk&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=11

 

第7話.  人身売買、公娼への道

https://www.youtube.com/watch?v=42KRpJJqAPY&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=10

 

第8話.  売春業の域外進出

https://www.youtube.com/watch?v=2LQZPaeByY8&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=9

 

第9話.  日本軍慰安婦

https://www.youtube.com/watch?v=jt_1srirqsY&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=8

 

第10話. 或る慰安所の 帳場人の日記

https://www.youtube.com/watch?v=1fGampvrKGE&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=7

 

第11話. 楯師団の慰安婦、文玉珠

https://www.youtube.com/watch?v=3siNUCt4pXg&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=6

 

第12話. 果たして、性奴隷だったのか

https://www.youtube.com/watch?v=sU72sll-0lU&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=5

 

第13話. 解放後の40余年間、日本軍慰安婦問題はなかった

https://www.youtube.com/watch?v=aWIHTEbYi0k&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=4

 

第14話. 挺対協は、日本軍慰安婦問題をこのようにして大きくした

https://www.youtube.com/watch?v=FNggHEwN2KQ&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=3

 

第15話. 韓日関係が破綻するまで

https://www.youtube.com/watch?v=-mf3GM0bVm4&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=2

 

第16話. 日本軍慰安婦問題の真実(完)

https://www.youtube.com/watch?v=noxr_wVIcao&list=PLZZEZygYteL7BoDuFV2drZ7UESL2lfaDC&index=1

 

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反日種族主義」李栄薫他著 2019年7月10日刊

 

 

(ソウル通信)

ベーシックインカム:日本が天国となる日(7)

ベーシックインカム

 

 本日(4日)、参院選挙が公示されました。各党の選挙公約も揃いましたが、どこを探してもベーシックインカムの文字はありません。どうや各党、ベーシックインカムは忘れてしまったようです。

 

 すでに記憶も褪せたと思いますが、二年前の衆議院選挙において一時的に小池百合子都知事が牽引した「希望の党」が勇躍しました。この希望の党が公約に控え目に掲げたのがベーシックインカムでした。

 

 ベーシックインカムとは政府が全ての国民に無条件で毎月、一定額の現金を支給する社会保障制度のことで、毎月、国民全員が生活保護費を受け取るといったイメージです。二年前は与党以外の全てがベーシックインカムを肯定していました。

 

 しかし、公約した希望の党自ら「そんなことが出来るはずがない」と思っていたのでしょう。ベーシックインカムは、希望の党解体とともに永田町から消えました。とはいえ、ベーシックインカムは一時的なその場限りの思い付きではありません。二年前に本欄で眺めたように、AIやICTが労働市場を激変させる備えとして今より議論し準備しなければならない現実的な政策です。

 

 ぬるま湯的な好景気が続き、空前の労働売手市場であるため危機感に不感症となりがちです。ですが、ベーシックインカムが警鐘する世界経済の地殻変動にこのまま無自覚となってしまうことは、「軍手をはめて旋盤で指を切断すれば痛くない」と錯覚するほどの危険を記者は感じます。

 

 AIとは、機械が人間のやることを代行する技術です。運転士、作曲家、医師、証券ディーラーなど従来とうてい人間でなければ出来ないと考えられた業務をAIが取り変わる時代が早晩訪れようとしています。

 

 古い産業を衰退させた新しい技術がまた、新しい産業を生み、労働人口をシフトさせる、とのこれまでの定番がAIにも通用すると楽観するべきではありません。なんとなれば、AIは人間のやることを無くすことを目的とする技術革新そのものであるからです。

 

 AI社会となっても「人間にしかできない業務は残る」との主張は正しいと考えられます。しかしその限られた業務に全ての労働力を吸収できるとは思えません。だとすれば、溢れる余剰労働者がいかに生活するかを今から考え、備えねばならず、その対策の一つがベーシックインカムであり、他に有力な対案もないのが現実なのです。

 

 ベーシックインカムの考え方は、「ともかく最低限の生活だけは国が保証してしまう」です。今の物価水準を基準とすれば、月額10万~12万程度は全ての国民に配ってしまうというような考え方です。国民は自らのペースと判断で、「人間にしかできない自分の業務」を探すことになります。

 

 ベーシックインカムを肯定する経済専門家はほとんどいません。「財源をどうするのか」を想えば机上の空論と写るのも当然です。ところが、今年に入ってこの財源問題について、これまでの常識を覆す論考が登場しました。それはMMTという学説で、その学説の根拠とされるのが、日本の経済政策であるというのですから、少々数奇な巡り合わせです。

 

現代貨幣理論(MMT)


 MMT(Modern Monetary Theory)は現代貨幣理論と呼ばれ、少々乱暴に説明してしまうと通貨発行権を持つ政府は、自らの裁量でいくらでも通貨を発行できるのですから、返済を気にすることなく必要な量の通貨を発行しても国内経済を管理できる、というものです。

 

 勿論、限度はあるでしょう。ハイパーインフレが発生するほど底抜けに貨幣を発行してしまえば、自国の貨幣を国民は信用しなくなり、物々交換もしくは外国の通貨を頼るようになり国内経済は壊れてしまいます。

 

 しかしMMTによれば、経済が崩壊するような流通通貨の限度発行量は、従来の経済学者が考える限界よりも想像以上に高く、一定のコントールのもと漸増を続ける発行量拡大であれば、永続的にそれが続くとしても一国経済はかなりの耐久力がある、とします。

 

 通貨発行量がインフレーションに連動するのは基本的な経済理論ですから、例え国債という国家としての債務を背負っても、通貨量を漸増させ人工的に慢性的なインフレとすれば、過去の債務は通貨額面の交換価値漸減によって、時間の問題で完済が可能となる、つまり、例え1000兆円の債務があったとしても、インフレによって100年後に100兆円分の交換価値(その額でどれだけのモノが買えるかという価値)しかなければ返済も楽だ、というものです。

 

 MMTで重要なのは、ゆっくりとインフレが発生する通貨発行量の管理であって、国家がどれだけ借金を抱えるのかは問題ではないのです。

 

 MMTの理論自体は古くからありましたが、今年の春、アメリカ議会でMMTが議論となったことが端緒となり、世界的な論争となりました。MMTの提唱者であるランダル・レイ教授は長年の研究の結果、特に日本の財政政策を例示しその正当性を主張します。

 

 バブル崩壊後、日本は財政出動つまり通貨発行量拡大政策を続け、景気の腰折れを防いできました。国債発行量はすでに1100兆円を越え、国民一人当たり870万円ほどの借金を抱え込みました。

 

 「にもかかわらず日本は経済破綻しない。日本が(結果として)MMTを実証してみせている」とレイ教授は主張します。

 

 多くの専門家、為政者、官僚がMMTという名の妄想を非難します。しかし1100兆円借金しても経済破綻しなかったことは事実です。借金の大半は、公共投資や日銀が国債を買い上げるとの形でキャッシュが市中銀行に下げ渡されました。

 

 しかしバブル崩壊後の20年間の借金1100兆円を銀行下付ではなく、直接国民一人当たりに分け与えたとしても経済破綻はなかったでしょう。そうであれば、今後20年間に1100兆円を国民に分配するとしても、それは妄想ではないように思えます。

 

 AIによりこれまで人類が経験したことがない労働市場が近づいています。経済政策も従来の常識を越える発想が必要ではないのでしょうか。

 

(社会部デスク)

 

かが(加賀)とワスプ(Wasp)

 昨日、トランプ大統領国賓としての来日日程を終了し帰国した。最終日のハイライトとして大統領は安倍首相と共に航空母艦改装が決まっている海上自衛隊護衛艦「かが」に乗艦、日米の結束をPRした。

 その後両首脳は米海軍強襲揚陸艦「ワスプ」に移動、訓示を行なった。ワスプは正式空母ではないが、ヘリコプターや垂直離着陸機の運用を前提とする航空艦船である。

 二人が航空甲板に揃って立つのは勿論、緊張が高まるアジア状勢へのメッセージを意図する。しかしそれとは関係なく、かが(加賀)とワスプ(Wasp)という軍艦名に数奇な天運を感じた向きもあっただろう。両艦はいずれも太平洋戦争を戦った宿敵であったからだ。

 

 加賀はいうまでもなく帝国海軍の主力空母であり、赤城、蒼龍、飛龍、瑞鶴、翔鶴とともに連合艦隊海上航空戦力を担った。真珠湾攻撃もこの六隻から発艦した350機により決行されたが、真珠湾からわずか半年、ミッドウェー海戦において加賀は米空母艦載機により撃沈された。

 

 ワスプ(Wasp)はワシントン条約で割り当てられた保有空母排水量の残り枠で建造された軽空母で、日本軍のガダルカナル侵攻に応戦するため投入されたが、戦域に展開する間もなく日本海軍潜水艦(イ-19)の雷撃を受け沈没した。ミッドウェー海戦より三か月後のことである。

 

 77年前、敵の攻撃によって二隻は沈んだ。その過去を知ってか、知らぬか、今、両国首脳が同名後継艦の甲板に立ち並ぶ。

 

 話は外れるが、軍艦の数奇な運命として思い出すのが「長門の最後」である。長門は帝国海軍の旗艦であった。開戦当初、大和、武蔵は海軍の最高機密であり、その存在を知るものは一部に限定された。長いこと海軍のシンボル戦艦として国民に人気であったのは、長門陸奥であった。陸奥は戦争中、謎の爆発事件が起こり沈没したが、長門終戦まで生きながらえ、戦後アメリカに接収された。

 

 敗戦から一年、長門は米軍によってビキニ環礁に回航された。原爆実験の標的艦となったのである。いかなる天運か、長門の隣には戦艦プリンツオイゲンが、そしてその隣には戦艦ネバダが並んだ。彼らもまた標的艦なのである。

 

 海戦ではあまり武勇伝を聞かぬナチス・ドイツ海軍であるが、唯一戦艦ビスマルクと僚艦プリンツオイゲンが、勇名を馳せた。ビスマルクはイギリス艦隊に撃沈されたが、僚艦は可動艦として終戦を迎え、長門と同じ運命をたどった。

 

 ネバダは、アメリカ海軍の主力戦艦であり、真珠湾奇襲時、日本軍の最優先攻撃目標であった。激しい空襲で大破したが、懸命の復旧作業で一年後、アッツ島攻略支援として戦線に復帰、その後ヨーロッパ戦線に転用され、ノルマンディ上陸作戦に参加した。

 

 1946年7月、時代遅れとなったかつての主力戦艦3隻は、原爆の水上艦破壊力を検証する実験に供され、今でもビキニの海底に眠る。

 軍艦を擬人化できるのであれば、あと寸刻で頭上から巨大な火の玉が落ち、自らの命脈が潰えようとするその時、三人は何と声を掛け合ったであろうか。

 

 現役の「かが」と「ワスプ」。この二人が、天寿を全うする前に絶命の辞句をこぼす日が到来しないことを祈るばかりである。

 

時事短観(2)

令和天皇の即位と女性・女系天皇問題

 

 

 今月より令和がはじまった。先代である平成天皇の第一皇男子が即位したので男系男子が承襲する皇室典範は維持され、万世一系を唄う皇室伝統も守られた。一方、男子の皇位継承資格者が不足し、将来の天皇制存続を危ぶむ危機感から、「女性・女系天皇を認めるべき」との議論も加速している。

 

 神武天皇を太祖とする日本の天皇制は今上天皇をもって126代となる。「実存した天皇は何代からか」は、専門家の間で議論が分かれるが、仮に存在が間違いない第26代継体天皇を起点としても1500年に渡り連綿と続いた世界無比の単一王朝であることは間違いない。これは奇跡といえる。無論、長きにわたって継続することができたのは、この国の多くの人心が天皇を慕い、無くすべきではないと考え続けたからに他ならない。皇室にたいする敬愛は現在でも続く。奇跡は国家開闢から今に至るまで、日本人の心に天皇が存在しつづけなければ生まれるものではない。

 

 その皇室の血統が途絶える可能性がある。女性・女系天皇議論が起こるのも当然である。有事の対策を怠るべきではない。しかし、その議論の「一部」には少々「危険」を感ずる。「一部」とは、「男女平等が当然である現代に皇室の性差別はおかしい」という主張である。

 

 女性天皇女系天皇は異なる。女性天皇とは、単に性別が女性である天皇のことであるが、女系天皇は父型の先祖が最終的に神武天皇に到達する血筋でなければならない。つまり女系天皇の場合は、血統が問題となるのである。過去に女系天皇は8人(10代)存在した。しかし女性天皇の前例はない。

 

 女系天皇は18世紀の後桜町天皇を最期に事例がなく、8人の内6人(8代)は平安時代に集中することを勘案したのか、現在の皇室典範は、皇位継承を男系男子に限定した。この皇位継承の定めから、「女性の天皇論議吹き出したのである。

 

 もし「女性天皇は否定するが、女系天皇を受容する」ことになれば、今上天皇の第一皇女子(愛子内親王)は、次代の皇位継承順位一位となるが、その場合でも即位後、一般男性と婚姻するとなると、愛子内親王の実子は(父方血統の問題で)皇位継承権がなく、神武天皇に繋がる誰かを次次代天皇として見つけなければならない、という関係となる。

 

 それではいっその事、「女性天皇も認めてしまえばいい」となれば、間違いなく世継ぎ問題は解決する。しかしそれは、血統は関係なく「誰でも天皇になることを認める」ことに他ならない。

 

 民主主義の理念からして、皇室の男女差別は「間違っている」と主張はできよう。しかしそうであれば、「選挙によらず天皇が決まる」こともオカシイに繋がる。選挙で天皇を決めるのであれば、もはや天皇制はなくなったに等しい。日本人の心に続いた天皇とは、そんな天皇ではない。

 

 「今日の常識」との理念に惑わされがちとなるが、事、天皇制については、現代人であるわれわれとしても、過去数千年に渡って先祖が温め守ってきた伝統を子孫に受け継ぐ義務がある。

 天皇制に関しては、現代社会の課題、つまり私達の問題なのではなく、1000年、2000年後の日本という視座を等閑にして考えてはならない問題なのである。「選挙で天皇を決めるなどナンセンス、、、」と誰もが思うだろう。しかし「1000年後の日本人もソウ思うに違いない」などと断言できるものもいまい。

 

 だとすれば、変質、解体を回避するために、「今までやってきた通りに今後もやる」が最善である。伝統に論理的な解釈を求めるべきではない。仮に非効率であったとしても、「昔のまま」現在に繋がるから「伝統」なのである。

 「男系」を守り抜いたから1500年天皇制は存続できた、ともいえる。日本史に名を残すいかなる英傑、武将、権力者であっても「天皇」にはなれなかった。例外なく、男系血筋のみが資格者であったからだ。この原則を撤廃していれば、とうの昔に天皇制は消滅していたに違いない。

 

 一見、非合理と感ずる男系男子に関しても、故はある。

 

時事短観(1)

 

老齢介護と向き合う(3)

施設介護の完全機械化

 おそらく「家族に見守られ家庭で最期を迎える」が理想的な人生でしょう。しかし介護者に過酷な労苦を強いる老齢介護が長引くとなれば、第三者の手助けが必要です。次策として訪問ヘルパーも考えられますが、24時間365日、ヘルパーに任せる訳にもゆきません。


 本格的な高齢社会の到来を控え、施設において効率的、集中的に介護することは避けられないと思います。前回は肉体的にも精神的にも「する方、される方」ともに負荷の大きい大問題「排泄介護」をいかに機械介護で支援できるかを追いましたが、今回は施設における介護をイノベーションでどこまで省人化できるかを考えてみたいと思います。



 施設介護においても排泄介護は重要な任務ですから、前回の装置支援は前提となるでしょう。日常、入所者はトイレ機能付自走車椅子で生活しますので、基本的に各々任意の場所でボタン一つで「用を足す」ことになります。介護の度合いが重く、意思の表示や肢体が不自由な入所者については、センサーによる排泄の検知によって、スタッフのボタン操作もしくはリモート操作、あるいは装置の自立機能によって「済ます」ことになります。


 自走車椅子はIotで集中管理され、充電やタンクの貯水や使い捨て下着の補充なども自動化されるべきです。可能であれば電気、水、消耗品は一日分が搭載され、入所者の就寝中に補充・交換されるのがベストですし、更には排尿の数や体温、心拍数など健康管理情報もIotで集中的に管理されるべきです。

 


入所者の移動

 

 記者が義母の介護でスタッフの大変さを感じたのが、入所者の集合分散など各々の「移動」です。施設は二階建てで、入所者は30人程。日常、下の階と上の階で過ごすのですが、食事時間は全員を一階の食堂に集めねばなりません。エレベータは一基で、無理しても車椅子4台を乗せるのが限界ですので、食事時間はいつもドタバタで、全員を食堂に移動させて、それぞれ内容の異なる食事トレーを各人のテーブルに運び、食事が終われば、再び二階の入所者を4人づつエレベータでもどさねばなりません。


 自動運転が可能な車椅子であれば、各員の集合分散に人手を不要とすることができます。二階三階等階上をエレベータではなくスロープで行き来できる建築構造とするべきと考えられますが、イメージとしては自動車やトラックの自動運転と同じです。特定の時間、任意の場所に自動運転で車椅子を移動させることは現在の技術でも実現できるように思えます。


 電動車椅子は通常、入居者本人の意思で自由に行きたいところに行くのが前提ですが、集合する必要がある場合は、管理センターで集中制御することが求められます。技術的には問題ないでしょうが、入居者の意思とは無関係に移動を強制させることとなるのですから、本人には愉快なことではないかもしれません。車椅子にマイクとスピーカーを設置し、「お昼の時間となりましたので、車を食堂に移動します」などと毎回丁寧なアナウンスをする程度はしかるべきです。


 食事は食堂のテーブルを前提とする必要はありません。各々に定められた食事はトレーを膝上に置き固定、そのまま車椅子で済ますことができれば、基本的に食事の場所に制約を設ける必要もありません。勿論、自力ではスプーンを口元に運ぶこともできない重度の入居者は人的介護ができる場所への移動が求められます。そして食事が終われば、トレーの回収場所に再び自動運転します。
 全入所者を一斉に自動移動できるのであれば、火災などの非常事態にも役立つはずです。

 

 

 自動運転自走車椅子ですが、利用者の状況を確認する監視カメラもしくは何かしらのセンサーを設置することが必要となると考えられます。プライバシーの問題があるのですが、入居者が車椅子に正しく着座していることを確認しなければ、むやみに自動走行させられません。移動中に突然起立し、転倒すれば一大事です。食事が終わったかを確認するにも入所者の手元の映像が必要です。マイク、スピーカーでいつでも入所者とコミュニケーションできる装置に加え、入居者の「今」を管理センターが目視する機能も装備されねばなりません。

 

 集中管理による完全自動化であっても、当人の状況は、現在の技術をもってしても最終的にはヒトが目で確認するしかなく、プライバシーを一定度制限してでも、自動化の安全性や施設の適切な業務を担保することが求められます。つまり「誰か」は、集中的に入居者各々の状況を見守っていなければならないのです。

 

 Iot自走車椅子各々GPS等で位置情報を管理することは言うまでもありません。場所が集中管理されていることを前提とすれば、入所者は自由に屋外を散歩できます。常に車椅子で行動しなければなりませんが、位置情報が管理され、自動運転で帰宅可能な場所であれば、河原に釣りに出かけるのも自由です。無論、門限となれば自動的に強制帰宅となる制度はいたしかたありません。

 

就寝

 

 日常を自動車椅子で生活するのですが、就寝するときはベッドに横たえねばなりません。就寝準備(車椅子からベッドへの移動)も介護スタッフの労苦です。ストレッチャー式の車椅子として、着座姿勢から簡易ベッド的な寝台を兼ねることができたとしても、狭い簡易ベッドで就寝するのは苦痛です。床に就く場合は、ダブルベッド位の広さと安楽さが必要です。

 

 ベッドへの移動を自動化するには、ストレッチャーがそのままベッドに収まるドッキングベイ方式が有効であると考えられます。凹型のダブルベッドに車椅子毎収め、ストレッチャーを立てることにより、そのままダブルベッドとなるのであれば、車椅子とベッドの移動が不要となります。


 深夜の排泄介助が必要であれば、再び車椅子の着座姿勢に戻すことになりますが、就寝介護の負荷は大幅に軽減されるはずです。

 

 

 就寝介護でもう一つ考慮しなければならないのが「床ずれ」です。重度の入所者となれば、自ら寝返りをうつこともできず、同じ姿勢で長時間、横たわり続けることにより特定箇所が床ずれとなってしまいます。床ずれを回避するために施設スタッフは一晩中、定期的に入所者の就寝姿勢を変えていたのですが、これがまた重労働です。
 ドッキングベイ・ダブルベッドには自動的に就寝姿勢を変える床ずれ防止機能を装備しなければなりません。

 

 


 これらの機械介護を実現しようとなると技術開発もさることながら、施設の初期投資も相当なものとなるでしょう。しかしソレで、一人で50人を担当できるのであれば、投資の価値はあります。法令の定めにより現在は、入所者一人に対する介護職員の人数規定があるはずです。しかし今後、日本最大の年齢層である団塊の世代が介護時代へと突入すると、前回触れたように日本経済を支える若手の大半を介護へ投入せざるを得なくなります。しかし若手の生産力は介護に奪われるべきではありません。

 

 政府は外国人労働者に活路を求めているようですが、自国の介護を外国に頼るというのもおかしな話です。そうであれば、AIやIotなどマンパワーに代わるイノベーションを動員し、介護を乗り切る他に道はないと考えられます。

 

 普通の人であれば、「自分のことは自分でやりたい」と考えるのは当然です。例え高齢となり「助け」が必要となったとしても、第三者に助けてもらうよりは、機械を使い「自分でやる」ことを優先するに違いありません。ヒトによる介護は暖かく、機械の介護は冷たい、とステレオタイプで決めつけるべきではありません。記者には、AIやIotなど社会を一変させる技術革新が、最優先で克服するべき緊急課題が「介護」であると思えてならないのです。

 

(社会部デスク)