時事旬報社

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日韓ビジネス指南(5):韓国企業と付き合うビジネスマン心得

「日本人が知るとビックりする韓国社会」と「韓国人が知るとビックりする日本社会」

 

 

 13日から文在寅大統領が訪中しています。公式訪問であるにもかかわらず中
国側の出迎え(飛行場)が、フィリピン大統領よりも格下であったとかで、韓
国マスコミが一斉に「意図的に冷遇している」を喧伝すると、今度は中国環球
時報(人民日報系列のタブロイド紙)が「両国の関係改善を損なうオウンゴー
ル」と韓国マスコミを揶揄するなど初日から土がついたのですが、翌日には大
統領に同行した韓国記者が中国の警備員から殴る蹴るの暴行を受けるなどでチ
ョッと険悪な雰囲気です。
 日本はといえば、韓国歴代大統領の最初の海外訪問は日本が定番であったと
ころ、朴槿恵大統領より訪日が一度も無く、新大統領の就任後早速中国へ赴く
「状況の変化」を眺める他ありません。
 こと政治に関しては、日韓問題更には日韓朝と米中がもつれる諸問題の出口
が見えず、この変化がどこへ向かうのか予断を許さない状況が続きます。ガタ
ガタやヤキモキ、ハラハラはなす術がありませんが、ソレはソレとして今回も
また日韓の「似て非なる」話題を一つ眺めてみましょう。それは社会という単
位で眺めると、「日本人が知るとビックリする韓国社会」と「韓国人が知ると
ビックリする日本社会」という正反対の風土があるという話題です。この対比
を知っておくことは円滑に日韓ビジネスを進めるための基本知識と言えるかも
しれません。

 

 

日本人が知るとビックりする韓国社会

 

 


 「あなたの200年前のご先祖は誰ですか」。この質問に答えられる日本人
はほとんどいないでしょう。「自分の両親とその両親(祖父)の代までで、そ
の先は分からない」というのが一般的ではないでしょうか。寺の過去帳をあた
るなどしても四代先以前に遡れる家系はよほど伝統的な一族に限定されるはず
です。ところが韓国では、誰もが200年はいうに及ばず300年~400年
と父方の家系を辿ることができます。これは一族の本家が代々族譜を管理、維
持しているからで、1000年前(高麗時代)の先祖も分かっていると答える
韓国人も珍しくありません。

 

 日本は世界でも例外的に苗字が多い国で、その総数は約30万種類なのだそ
うです。一方隣国では金、李、朴の三大姓で人口の半分、全てを数えても29
4というのですから、同じ姓氏を持つ人が日本より格段と多くなります。さら
に韓国では苗字に加え「本貫(ポングァン)」という第二の姓と呼ぶべきもの
が存在します。本貫は一族の出身地を意味するのですが、本貫で繋がる一族
は、父系に沿い子孫の族譜(チョクポ)を本家が管理するのが習わしとなって
います。
 韓国人であれば、ほどんど全員がいずれかの本貫に属し、父系の先祖を容易
に遡れます。韓国民法第809条1号は同姓同本貫の結婚を禁止していたように、
本貫は韓国では重要な社会システムです。809条1号は1997年、憲法裁判所が無
効と判断し、結婚禁止も解除されたのですが、「火事に遭った場合、最初に持
ち出すのは族譜」とされるほど本貫は今でも重要な社会規範であることに変わ
りはありません。韓国では、男女が初対面の挨拶で相手の本貫を確認すること
も珍しくないのですが、そうしておかないと恋愛に発展すると不都合が生じる
オソレがあるのです。

 

 苗字がないと先祖を辿るのは困難です。全ての国民が苗字を持つようになっ
たのが明治以降である日本では、四代先五代先の先祖が分からないのも無理は
ありません。だからといって200年前の先祖が誰だか分からないと卑下する
人もいないでしょう。今日を生きる上で、「何百年も前」はどうでもいい話で
す。しかし韓国では異なります。ここは大きな「違い」です。
 韓国で族譜の作成が始まったのは15世紀末からですが、李氏朝鮮末期には
系図の売買が横行したとのことで、族譜の大半は信憑性がないとの報告もあり
ます。しかし真贋は余り問題ではありません。重要なのは韓国では今でも一族
への「孝」が社会で一番大切な徳目であり、今を生きる世代は先祖を敬い、一
族の血統を繋ぐのが重要な使命だと考えている、ということです。長男であれ
ば一族の祭主として年間十数回も祭祀を行わなければなりません。この祭祀を
切り盛りする長男の嫁の苦労談もよく耳にします。

 

 「仕事が忙しくて親の葬式にも出られなかった」。日本であれば稀に聞く話
です。一部には「それほど仕事に没頭している」ことを自慢する向きもあるほ
どです。しかし韓国でこれをやれば、その人は人間ではありません。
 韓国にシステム開発を依頼したある日本企業が納期切迫を理由に「夏休み」
返上で作業続行を要請したのですが、これが大問題となりました。その日は
「秋夕(チュソク)」だったのです。秋夕は、旧暦の8月15日のことで、一
族が集まり先祖の墓参りをしたり、秋の収穫に感謝する韓国では最も重要な祭
祀です。秋夕に参加しないは、人の道に背く非道徳な行為なのですが、日本企
業の懇願にしぶしぶ韓国企業のスタッフも「夏休み」もとらず開発を続けまし
た。その結果、納期はなんとか間に合ったのですが、後日「プログラムに不備
があった」との日本企業のクレームに韓国企業は大爆発し、両社の信頼関係も
その日をもって崩壊しました。
 夏休みは返上しても、仕事を片付けた後に休めばいいと日本企業は単純に考
えていたかもしれませんが、「仕事が忙しい」は秋夕を逃れる理由にはなりま
せん。秋夕は夏休みではないのです。日本で開催される国際見本市でも、年に
よっては例年参加する中国・韓国企業が極端に少ない、などの椿事も起こりが
ちです。軽率にも開催日を秋夕と重ねてしまったのです。ビジネスといえども
相手国の文化、風俗、国民性に不案内で成り立つものではありません。「親戚
筋との行事よりも仕事が優先」の日本流も通用しません。
 韓国も世代が変わり「新人類」が社会の主軸となりつつありますから、一族
祭祀の伝統も以前ほどは重みがなくなりました。だからといて、国民的伝統に
敢えて挑戦する必要もありません。

 

 

韓国人が知るとビックりする日本社会

 


 さて、続いて韓国人が知るとビックりする日本社会の話題です。奇妙な関係
ですが、韓国人が驚く日本社会の話題は、ちょうど日本人が驚く韓国社会と正
反対の習わしとなります。それは、日本には社歴が100年以上の会社が10
万社以上ある、という事実です。古都を訪ねれば、江戸、明治創業の老舗が商
店街の軒を連ねるなど珍しくありませんが、日本は世界でも飛びぬけて古い企
業が残っている国です。
 世界最古の会社も日本に存在します。金剛組という大阪の神社仏閣建築企業
がそれなのですが、旗揚げはなんと飛鳥時代、西暦578年です。聖徳太子
四天王寺を建立するため百済から招いた宮大工が金剛組を開設以来1400年
の社歴を重ねてきました。ヨーロッパ最古の企業でも設立は14世紀までしか
遡れません。日本にはこのヨーロッパ最古の企業よりも古い会社が100社近
くあるとのことですから、世界最古企業ランキング表を作れば一位から百位を
日本の会社が独占することになります。韓国や中国では100年以上の社歴が
ある企業は数えるほどしかありません。日本と韓国では、社会に受け継ぐ大切
なものとは何か、という社会や人生の価値感が違っています。
 10万社のうち4万5千社は製造業であり、時代の変化に対応し、事業内容
を環境適用しながら今日まで生き残りました。金剛組も2006年経営破たん
し、金剛家の経営する金剛組としては1429年の社歴に幕を閉じましたが、
すぐさま「金剛組を潰しては、大阪の恥」と社歴91年の中堅ゼネコンが再建
に乗り出しました。
 金剛組をはじめとする10万社存続の事実から連想されるのは、日本では一
族という血統のつながりよりも企業をはじめとする社会集団の継承のほうが大
切と思う傾向にある、ということです。日本も韓国も儒教の伝統を持ちます
が、後生に継ぐべき伝統の拠り所が異なります。

 

 韓国では社会に生きる重要な徳目は、親や一族への「孝」ですが、日本では
所属する「家」への「忠」といったものになります。この場合「家」の結束
に、血のつながりは二の次です。男系が断絶しそうになると家督を婿養子に継
がせることになりますが、少し誇張すれば日本では娘が見つけた「どこの馬の
骨」でも頓着しませんが、韓国では同一本貫でなければなりません。この場合
婿養子が娘と結婚すると近親相姦となってしまいますので、婿養子は別の本貫
から娶らねばなりません。
 日本の「忠」は、一家への忠とは限りません。家とは自分が所属する社会集
団ほどの意味で、江戸時代の武士であれば封建領主(殿様)への忠義が一家
の忠よりも当然に優先するものと理解され、現代でもその残響が企業の忠へと
命脈を継いでいます。この意味でいえば、「仕事が忙しくて親の葬式にも出ら
れなかった」も日本的倫理の一片といえなくもありません。
 明治維新後、日本はアジアの中、唯一短期間で産業資本主義国家へと脱皮し
欧米列強を猛追しましたが、それが可能であったのも自分が所属する集団への
忠が、一族一党の利益より優先するという独特の風土があったからだ、との指
摘もあります。つまり、会社を「家」と見做すことに抵抗がない日本では、市
場原理(資本主義原理)の構成要素である会社を育成・発展させるには都合が
良かった、というのです。

 

 

8月15日

 


 韓国だけではなく、日本でも若い世代の勤労観や社会集団に対する考え方も
随分と変わってきています。よもや今では滅私奉公といった観念で就職活動す
る学生もいないでしょう。「知ればビックりする日本(韓国)社会」も、もは
や一種のステレオタイプな韓国観に過ぎないかもしれません。しかし少なくと
も「日本家屋にあがるときは玄関で靴を脱ぐ」程度の大原則を知らねばビジネ
スも上手く行くはずはありません。
 今日では、日本の若いビジネスマンにも8月15日が、終戦日であることを
知らない人が少なくありません。混乱しそうですが、秋夕の8月15日は旧暦
で、新暦に当てはめると毎年日にちが異なります(ちなみに2016年の秋夕
は、9月14日~16日でした)。終戦日の8月15日は、新暦の8月15日
です。
 終戦とはもちろん、日本が戦争に負けた日なのですが、韓国にとっては祖国
が植民地から解放された記念日で、光復節(クァンボッチョル)という祭日と
なります。ですから8月15日は、日本との関係において韓国では特別な一日
です。日本から韓国に、8月15日の休日稼動(勤務)を要請したり、日本で
は祭日ではないので「15日に連絡してくれ」などと言えば、「その日は、ク
ァンボッチョルですよ」とやり返される可能性があります。
 その一言が「その日がなんで韓国の祭日だか、知っているのですか」に繋が
ってしまうと、ビジネスの基本である個人と個人の信頼関係を損なう危機が迫
ります。

 

 何も知らない外国人が玄関で靴も脱がず、畳の上にズカズカと入り込めば、
「そんなことも知らないのか」と私たちが憤慨するのを思えば、多少の知識で
「そんなことも知らないのか」を回避できるのであれば、それに越したこと
ありません。

 

(つづく)
【ソウル通信】2017.12.15配信