時事旬報社

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国民全員に新型コロナウィルス抗体検査の実施を求める(保留)

 

 

 わずか半年前であれば、世界がこのような非常事態となると予測できた者はいまい。中国は、人口一千万の省都武漢を封鎖した。欧米各国も外国からの入国制限、外出禁止を強行した。安倍首相もついに7日、緊急事態宣言を発令、前代未聞の緊急措置に踏み切った。

 国内で実施されるPCR検査が少ないことは、この問題の発生当初から国論を二分していた。ウィルス検査は目下、PCR検査(核酸増幅法)と呼ばれる微量の検体のDNAを増幅し高感度で検出する手法を頼りとする。

 PCR検査はクラミジアやウィルスなど、光学顕微鏡では確認できない病原体の有無を調べるための有効な検査方法であり、すでに確立された手法であるため医療機関や民間検査会社での対応も可能とされるが、厚労省は独自の検査実施基準を設け、重症化リスクが高い対象者のみを限定検査することを方針としており、更には直近まで検査を国立感染症研究所や地方の検疫所、保健所など公的な指定機関に絞っていたため、そもそも膨れあがる検査需要を消化する制度的な対応力がなかった。

 英オックスフォード大学の調査によれば、(2020年)3月20日現在、人口100万人あたりのPCR実施数は、韓国が約6000件、オーストラリア4500件、ドイツ2000件、イギリス1000件などであるのに対し、日本はわずか120件弱と感染拡大が後発であるドイツと比べても17分の1に過ぎない。

 厚労省も公的医療保険適用開始や民間検査機関の参入に門戸を拡大するなど政策転換を進め、検査体制を従来の二倍としたとするが、実施された検査はその「体制」の2割程度が現状である。

 パンデミックを宣言したWHOテドロス事務局長は3月16日の記者会見で「すべての国に訴える。検査、検査、検査だ。疑わしい全てに対してだ」と「検査」を三唱し、各国に「検査で感染者を特定し、隔離措置を徹底すべき」としたことが更に、思うようにPCRを受けられない国内の焦燥感を煽った。

 「疑わしきをあまねく検査、全感染者を隔離」は一見疑いようもない正論であるが、この「一見正論」に対し、一部国内の識者から強力な反論がおこった。その主張は、結果として厚労省の方針を肯定することから、今日では政府、行政はこの反論を「一見正論」に対抗する「真性正論」として受容している。

 「真性正論」とは、「現実問題としては、PCR検査の大幅実施は、新型コロナウィルス蔓延防止に有益ではない」という主張であり、「感染に対する特効薬がない」、「受け入れ医療体制がなければ、多数の感染者が病院に運ばれることによって医療崩壊となる」などを根拠とする。

 武漢やスペインで発生した医療崩壊は、多くの患者が病院に殺到した結果である。この病気は、健康な若年層には危険度が低く、大半が自然治癒するなどの所見によれば、治療法が確立していない無数の感染者を病人として認定することは、「重症者の入院を優先し、死亡者最小を最優先とする」究極的見地から正しくない選択であるとして、日本の選択は合理的なのだ、と一見正論に異を唱える。いわば真性正論は一種の「捨て身術」なのである。

 2020年3月19日付 米CNN WEBニュースは、「肝心なのは、検査体制の不備と感染を生き延びることとは全く別の話なのだ」とし、「やみくもに検査の回数や対象を増やし続けるだけでは、すでに感染した米国数千人の命は救えない」と伝え、一見正論だけでは、現実問題の解決にならないことを力説、捨て身術を援護射撃する。

 一方、日本の医療機関に導入されているCT(三次元X線検査装置)が他国に比べ圧倒的に多い事実をもって捨て身術を擁護する意見もある。日本のCT保有数は100万人あたり107.2台であり、G7平均の25.2台、OECD諸国の25.4台と比較しても桁違いに多い。

 新型コロナウィルスは大方、肺炎を併発し死亡に至る。胸部レントゲンよりも格段に肺炎の早期診断に有効なCTによって、肺炎の重症化を早期に捉え対応することが可能であり、結果として新型コロナウィルスの対策となる。「日本にはCT体制が整備されているのだから、PCR検査を行なわずとも重症化回避の体制はすでに整備されている」がCT論者の主張である。

 万一、韓国が揶揄するように、感染者を隠蔽するためにPCR検査実施を抑制しているのであれば、その反射効果として「肺炎による死者が激増」していなければならないが、そのような事実はない。仮に検出されていない感染者が多数存在しているとしても、CTによってその重症化を押さえ込めるのであれば、PCRをやる、やらないは、方法論の問題にすぎない、といえないくもない。

 しかし集団発生源(クラスター)を掌握し、感染経路線上に存在する「疑わしき」にPCR検査を限定実施、蔓延を阻止し重症者の救命に集中するとの初期政策はもはや失敗したとする他ない。今月6日、東京都で確認された感染者83人の88%が感染経路不明者である。フェーズは代わったのであり、「誰が感染しているのか分らない」ことを前提に次なる対策を講じなければならない。

 「接触者の人数を従来の2割に減ずれば蔓延はピークアウトし、疫病は終息に向かう」というのが緊急事態宣言の目的である。政府は行動制限を取り敢えず一ヶ月とした。しかし一ヶ月の辛抱で問題から解放されるような単純な状況ではない。尋常ではない感染力、無症状や軽度症状者にも宿る第三者への感染能などこの感染症のたちの悪さは、たとえ一時的に発症者数減少へと転換できたとしても、すこしでも油断すれば、パンデミックが再発することを意味する。

 新型コロナウィルスの治療薬(特効薬)ないしワクチン(予防薬)が開発されるまで、蔓延を抑制するためには感染者を隔離せざるを得ず、そのためには「誰が感染しているのか」を特定しなければならない。適格な対策を行なうため、終局的には国民全員の感染検査が求められる。とはいえ、PCR検査を全員に実施するのは現実的ではない。PCR検査は国民全員という規模の大量検査向きではないからである。

 しかし方策はある。最近、話題となる「検査キット」である。ウィイルス感染の判別法は「抗原検査法」と「抗体検査法」に大別される。抗原とはウィルスそのものを意味し、体内に抗原(ウィルス)が存在するかを直接調べるのが抗原検査法である。

 PCR検査は、抗原検査法の一つで、咽頭部などから綿棒で検体を採取しウィルスが存在するかを検査する。その採取には訓練を受けた技能者(医療従事者)が対応せねばならず、綿棒に付着した検体は少量であるので、ウィルスを増殖(培養)する必要があり、検出には精密装置が必要となる。また採取時に医療従事者が感染するリスクがあり、感染対策の防備も必要となる。PCR検査は手間と時間、コストがかかる。

 一方、抗体検査であれば、抗原検査の不便を大幅に解決できる。人体にウィルスが侵入すると、人間の生理現象(免疫系)が侵入者を退治する(毒素を中和する)ために抗体を作り出す。抗体は、血清に運ばれ体内を循環する。この抗体の存在を調べるのが抗体検査法である。

 すでに横浜市大を初め、各国研究機関が新型コロナウィルスの抗体検出に成功したと発表しており、抗体検査キット(簡易検査キット)の市販を開始したメーカーもある。中国においては医療機関であっても検査キットによる検査が中心であるとされる。

 抗体検査が都合がいいのは、その「簡便さ」である。手のひらサイズのキットに付属する針で、指から少量の血液を採取し、キット本体に浸すのみで10分程で結果が判定される。市販品の価格も単価1000円程ですむ。作業に専門性は必要なく、自己採取も可能である。

 抗体は、感染初期に発現するIgMとウィルス中和の体制を整えた後に現れるIgGの二種類が知られており、検査によってIgMが検出されれば、感染して間がないことを意味し、IgMが見つかれば、過去に感染し、ウィルスに抵抗する抗体をすでに獲得している耐性者であることを意味する。ただし、抗体はウィルス侵入の一週間程後に出現するので感染直後の判定はできず、抗体検査の弱点とされる。

 とはいえ、一億、二億といった数量単位に対応できる検査法は、簡易検査キットに委ねる他ないといえ、医療機関を頼らず自ら検査可能であることは大きなメリットである。

 全国民の抗体検査が実施できれば、誰が感染しているかが分らないという社会不安を解消できる。社会活動を検査結果が「感染歴無し」もしくは「症状の無い耐性者」のみに限定すれば、安全に社会活動を復活できる。

 新型コロナウィルスに対抗する有効なワクチンや治療薬がないのであれば、現実的な対策は「隔離と検疫」しかない。しかしいくら緊急事態宣言を発令し、「自宅に籠れ」、「外出するな」を連呼したといえども「家から出ない」自体が目的となってしまえば、的外れである。

 本旨は、「感染しているヒトに近づかない」であり、要は誰が感染しているか分らない限り、本旨を全うできるものではない。そうであれば、無条件に誰もが定期的に検査を受けるべきなのであって、それを可能とする現実的な選択は、目下のところ、全員の抗体検査意以外には見つからない。実務的にいえば、「自宅で家族全員が簡易検査キットで定期的に検査する」である。

 そんなことをしたら「大量の感染者が判明、医療崩壊がおこり、社会は混乱し国が滅ぶ」とし、全量検査の回避を貫いたとしても、「目を閉じ、ヒトがどんどんい無くなっていることに知らんぷりしている」というだけのことであり、滅ぶことに変わりは無い。

 

(追記)2020.4.18

 中国復旦大学(上海)の発表によると、新型コロナウィルスから回復した175人を調査したところ、10人(6%)の患者に関しては、検出可能な「抗体が全く存在しなかった」とする。検出された患者についても、それぞれの患者がウィルスに対して異なるレベルの抗体を作ることが判明した(高齢者と中年者がより高いレベルの抗体を作った)と公表した。

 抗体が見つからなかった10名が「なぜ回復したか」につては、分っていない(推論ととしては、T細胞やサイトカインなど他の免疫系が機能した等が考えらている)。

 

 いずれにしても本社説提言は、新型コロナウィスルが従来の常識通り、「感染すれば抗体を作る」ことを前提としており、その前提が崩れるのであれば、正当性も失うこととなることより、提言は「保留」とさせて頂きます。

 

(編集部)